40年の足跡

【 船岡駅舎・コミュニティプラザ、樅の木広場が完成 】

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柴田町の玄関口の1つである東北本線JR船岡駅の開業は、昭和4年2月25日。当時は、職員も駅長以下9人。跨線橋もなく、1日の乗降客は150人ほどであった。

昭和14年、第一海軍火薬廠が船岡に配置されると、駅前通は人や軍馬の往来が激しくなり、一日当たりの乗降客も4,200人ほどに増えた。

しかし、終戦で火薬廠が閉庁されると、乗降客が激減。その後も高度経済成長時代を迎え、各家庭で自家用車を持つようになると、東北唯一の政令指定都市であ る仙台市まで約35分という利便性ある船岡駅も乗降客が伸び悩んだ。国鉄が民営化され、昭和62年4月1日から東北本線は東日本旅客鉄道株式会社に属する ようになった。

その後、老杤化した船岡駅舎の改修や集客の方策を検討していた東日本旅客鉄道(株)と、船岡駅前活性化を検討していた町との間で、新駅舎の建設計画が持ち上がり、共同事業として着手された。

東日本旅客鉄道(株)と町は、「従来の駅のイメージにとらわれない、個性豊かで地域密着型の駅舎の建設」「町の観光開発と密着した形の駅舎建設」などを挙げ、検討の末、城下町「柴田」にふさわしい、城型駅舎がつくられることになった。

平成2年8月、建設費3億6千万円余を投入した、新船岡駅(町のコミュニティプラザを併設)が完成。城型の駅舎玄関前には、町の木である樅の木の大木が植 えられた。この樅の木にちなんで、駅前広場は「樅の木広場」と名づけられた。この広場には、郷土出身の彫刻家小室達作の「永遠なる女性像」のブロンズが配 置されている。

この駅舎は、平成3年に建設省の「ふるさと手づくり賞」を受賞した。