広報しばた掲載中 町長コラム

 

柴田町長  滝口 茂
Takiguchi Shigeru

 

■フットワーク83(2011年12月)

創造的な復興を目指して 

 東日本大震災に翻弄された平成23年も、残すところあとわずかになりました。大震災後の復旧工事も加速度を増し、悲惨さの象徴だったがれきや流された車や船も徐々に片付いてきました。今は何事もなかったように、荒涼とした土地が広がっています。
 現在、沿岸部の自治体は、創造的な復興を目指し、新しいプロジェクトを盛り込んだ復興計画の策定に取り組んでいます。
 また、国においては、被災地を支援するための「復興特区」の創設やその財源となる「復興交付金」などを予算化しました。本格的な復興まちづくりに向けた体制が整ったところです。
 しかし、まちが復興しても、家族を失い、家や財産を失い、仕事を失って、心に痛手を受けた被災者の方々の「心の復興」は容易なことではありません。あの日のさまざまな体験を見聞するにつけ、ただ「がんばれ東北」「がんばろう宮城」と叫んでいるだけでいいのだろうか。いみじくも、沿岸部の首長がもらした「何から手をつけたらよいのか分からない」といった状況にあるのが、被災地の実態なのです。いまだ「心の復興」への具体的なシナリオが示せない現実を前に、政治家の一人として、じくじたる思いがあります。被災者の方々に、どうすれば悲しみを乗り越え、再び立ち上がり、生きる希望を見い出してもらえるようになるのか、確かな処方箋を示さなければなりません。
 まずは、中高層の建築ビルによる人工的な避難拠点の整備や高台移転などを行い、早く安全な生活基盤を確保することです。次に、なりわいを再生するために、農地の除塩や港や魚市場の再開を通じて、第一次産業の復活を急ぐことです。そして、今回の大震災で学んだ、人と人との絆や相互扶助による新たなコミュニティづくりをベースにしたまちづくりを進めることで、創造的な復興が可能になるのではないかと思います。
 「元の地域で、心穏やかに暮したい」という被災者のささやかな願いを早く叶えてあげたいものです。


 ■フットワーク82(2011年11月)

書店の楽しみ方 

 私の書店巡りには、決まった順路があります。
 まず初めに、最近どんな本が出版されているのか新刊本や話題の本をチェックし、次に、まちづくりや地方自治の本を手に取って立ち読みします。
 その後、いすに腰掛けて、都市デザインの本や造園の設計図を眺めながら、未来の都市像をあれこれ想像して時間を過ごします。
 最後に、写真集やガーデニングの本のコーナーに立ち寄って店を出ることにしています。ざっと1時間半。私にとっては、まさに至福の時間です。
 ところが、今回、行きつけの書店2店舗が相次いでリニューアルオープンしました。
 おそらく売り上げ低迷の打開策か、競合店舗との差別化を図るためなのでしょうが、お客側からすれば、大変迷惑な話なのです。客層を拡大するために、本の数や種類は格段に多くなりましたが、その分、通路が狭くなり、高い書棚が視界を遮り、圧迫感を感じるようになってしまいました。書店でくつろぐといった妙味が失われて、とても残念です。
 その点、町の図書館は、本の数は少ないものの、「思った以上に雰囲気が良い」と評価をいただいており、これまで延べ5万人の方に、10万冊を超える貸し出しを行いました。
 特に、子育て中のお母さん方が料理や育児、旅行の本を借りていっているようです。
 書店や図書館は、読みたい本を探したり、なにげない本に出会ったりする場ですが、さらに、空想の世界や過去の時代に思いを馳せる思索の舞台でもあります。
 そのため、想像力をかき立てられるゆとりある空間や雰囲気があるかどうかで、書店や図書館の利用状況が変わってきます。
 今は利用が順調な町の図書館も、慣れ親しんでくるにつれて、本の数やジャンル、施設の規模に物足らなさを感じてくる方も多くなってくると思います。その時こそ、本格的な図書館へのリニューアルということになります。建てる際には、館内を見回るだけでも楽しい図書館にしたいと思います。
秋の夜長の読書を通じて、そうした声が高まることを期待しています。


 ■フットワーク81(2011年10月)

「子ども子育て新システム」について

 平成25年度を目途に、幼稚園と保育所が一体化した子ども園ができることをご存じでしょうか。現在、国で検討されている「子ども子育て新システム」の中で打ち出されたものです。
 幼児教育は幼稚園、保育に欠ける子どもたちへのサービスは保育所と分かれていた制度が一体化され、子どもの学び、つまり、学校教育と生活の場である保育を一つ屋根の下で保証しようとするものです。
 原則として、幼稚園や保育所の名称は、こども園に集約されることになりますが、当面は「こども園(総合施設)」「こども園(幼稚園)」「こども園(保育所)」などになるようです。
 こうした就学前の子どもたちに対する新たなシステムが検討される中においても、本町独自で運営してきた幼児保育型児童館も見直す必要に迫られています。
 町内に農繁期の児童を保育する施設などが整備されていなかった時代に、町の子育て支援対策として始まったのがこの施設です。これまで、地域の皆さまに支えられて、一定の役割を果たしてきました。しかし、少子化や女性の働き方の変化に伴い、幼児保育型児童館も民間幼稚園も、定員割れを起こすようになってしまいました。「このままでは共倒れになりかねない」という危機感が私の中にあります。
 一方で、障害のある子どもたちや虐待を受けた子どもたち、病児や病後児の保育といった新たなサービスを、町の責任で行わなければならない状況も生まれています。こうしたことから、町は幼児保育型児童館を平成25年度末で廃止し、民営化とこども園(総合施設)に再編したいと考えております。
 民営化すれば、「保育の質が下がる」とか、「利用料金が高くなる」との懸念を持たれるのは当然です。そこは、保育の質やサービスを低下させることが無いよう、財政支援などでカバーしていきたいと考えております。
 今回の見直しを通じて、保育に欠ける子も、欠けない子も、公平・平等に幼児教育(学校教育)や幼児保育が受けられるようにしてまいります。


 ■フットワーク80(2011年9月)

敬老の日に寄せて 

 時間が過ぎ去るのも早いもので、もう敬老会の案内状が届く季節となりました。

 各地区で招待される高齢者の年齢はまちまちですが、町としては、77歳、喜寿以上の方々を対象としています。
 年々参加対象者が増え、町でも長寿命化が顕著になってきました。
 現在、100歳になられた長命の方も10人いらっしゃいます。男性2人、女性8人で、最高齢者は104歳の男性の方です。
 今年100歳になられた方は、明治44年生まれですので、来年からは、大正生まれの100歳が誕生することになります。
 改めて、100年間、風雪に耐えながら、歯を食いしばって生き抜いてこられた方々に、敬意を表したいと思います。
 ここまで長生きできたのは、強靭な生命力や人間としての生きる力によるものですが、それに加えて、家族や地域の方々の支え、さらに、医学の発達や介護保険や年金といった社会保障制度の充実があったればこそだと思います。まさに、日本は世界一長生きできる国になりました。
 しかし、最近の社会の風潮を見ますと、長生きすることが心から祝福される社会にはなっていないことを痛感します。高齢者の虐待、孤独死、無縁社会、さらには、国における後期高齢者医療制度に見られるように、高齢者が家族や社会から切り離され、まるでお荷物扱いされているように見えます。
 これからは、ますます人間の寿命が延び、誰もが長い老後を生きていくことになります。今は若くても、必ず立場は逆転し、「明日は我が身」になる訳ですから、このまま無縁社会が続いていい訳はありません。私たち現役世代が、もう一度高齢者の人生経験に学び、その知恵を社会に生かす、「敬愛精神」に満ちた社会に転換していく努力を始めるべきです。
 まずは、敬老会において、大先輩方の人生訓に耳を傾けることから、その一歩を進めたいと思います。


 ■フットワーク79(2011年8月)

新観光戦略の展開

 平泉の文化遺産が世界遺産として登録されました。このニュースは、震災復興と観光再生を目指して開催される東北の夏祭りへの関心をいやおうなく高め、観光客の集客に弾みをつけるものと期待しています。
 町も、今年を観光元年と位置づけ、観光客と町民との交流の場となる観光物産交流館をオープンさせました。その核となるのが農産物直売所「結友」であり、地元の食材を使った料理を提供する「花菜カフェ」であります。評判も上々で、少しずつではありますが、皆さんに知られるようになってきました。これに、震災で完成が遅れていた「樅ノ木は残った展望デッキ」が加われば、さらに、観光地としての知名度が高まるのではないかと思っています。
 「桜の季節以外に人は来ない」といった陰口を払拭するためにも、ハード・ソフト両面からの新しい観光戦略を立て、着実に実行に移していかなければなりません。
 観光の基本は何と言っても観光客のニーズを掴むことだとされています。二つには、ほかの観光地がまねできない魅力をつくること。三つに、おもてなしの心があることです。
 幸いにも、今回、新観光戦略の骨格となる白石川一目千本桜と船岡城址公園の桜を結ぶ「さくら連絡橋」が、国の社会資本総合整備5カ年計画として認められました。
 この橋が架かれば、東北本線と旧4号線に分断されていた二つの花見の名所が同時に堪能できるようになります。花回廊で結ばれるこのエリアは、おそらく福島市の花見山を越える人気スポットになることは間違いないとおもいます。
 名だたる観光地の中から、お金を掛けても「一度は行ってみたい場所」として選んでいただけるためには、観光資源や観光関連施設の魅力アップのための、こうした先行投資は欠かせません。今後とも、長期的視点に立って、ほかではまねできない観光地を整備し、多くの観光客を呼び込んでまいります。


 ■フットワーク78(2011年7月)

ごみの有料化

 1カ月にわたり、ごみ集積所の当番を経験しました。当番になった以上、常に集積所をきれいにしておかなければならないと、その美化に努めましたが、分別しないごちゃまぜの袋が数多く出され閉口しました。
 分別されないごみ袋は、回収されないため、やむを得ず分別し直したところ、紙資源に回せるごみが半分にもなり、大変驚きました。
 町は、これまで「もったいない運動町民会議」を通じて、ごみの減量化や紙類の分別の徹底、マイバックの普及運動に努めてきました。
 その成果が年々上がり、平成18年度の1万1,791トンから、平成21年度1万928トンへと逓減(ていげん)してきました。しかし、平成22年度は残念ながら、92トンの増となってしまいました。
 仙南2市7町のうち、燃やせるごみの量が一番多いのが柴田町です。一方、紙資源の回収が一番進んでいるのが角田市で、916トン、次いで、白石市が898トン、柴田町は858トンと3位に甘んじています。
 数字上からも、私たちの町では、紙資源の分別がまだまだ不十分であることが分かります。
 燃やせるごみの量が増えれば、当然、処理経費の増加が懸念されますが、実は、それ以上に平成28年度に稼働する仙南クリーンセンター建設費(約140億円)の負担割合への跳ね返りを危惧しています。
 ここまでは、柴田町が一番多く約20億円の負担金を支払うことになってしまいます。私としては、もやせるごみの減量化を徹底して、こうした事態にならないようにしなければと思っています。
 そのためには、ごみの有料化を導入して、ごみの排出量と費用負担の関係を、町民の皆さまにも、じかに感じてもらう以外にはないのではないかと思っています。新たな負担を伴うことで、これまで以上にごみの問題を自分の問題としてとらえていただけるようになるし、また、分別を徹底すれば、ごみ集積所の当番にも迷惑を掛けることもなくなります。なんといっても、ごみの焼却のために、余計な税金を使わないですむ効果が一番だと思います。
 ごみの有料化は1年後の平成24年7月1日から始まります。


 ■フットワーク77(2011年6月)

復興財源について 

 今月、政府の復興構想会議によって、震災復興計画第一次提言が示されます。未曾有の大震災を乗り越えての新しいまちづくりが、どのような姿になるのか、被災地の住民の皆さんや自治体などが、希望を持って歩み出せるようなビジョンになってほしいと願っています。
 そのビジョンを担保するのが復興財源です。しかし、その主要財源の捻出方法をめぐって、増税か国債の発行かで論争が続いています。
 政府は、平成23年度の赤字国債の発行を野党が反対していることもあってか、ゆくゆくは、消費税の増税で、それを賄おうとしているようです。それに対して、消費税の増税に懸念を示す側は、復興債など多額の国債の発行を主張しています。しかし、赤字国債にしても、復興債などにしても、将来、私たちの子どもや孫たちが、増税という形で、その「つけ」を払うわけですから、これは、現役世代の痛みの先送りにほかなりません。
 柴田町も財源不足に陥った時期がありました。その時、町には、国債の発行といった痛みを先送りするすべはありませんでしたので、やむを得ず、手数料の値上げ、補助金や職員給料のカットなどを行いました。まさに、現役世代の皆さまに痛みを我慢してもらい、財源不足をカバーした訳です。
 その結果、今回の大震災では、財政調整基金(貯金)から約5億円を取り崩しての復旧・復興対策が可能となりました。あの時、思い切った行財政改革を成し遂げておかなかったら、今ごろ、復興財源の確保はどうなっていただろうかと思うと、ぞっとします。
 当然ながら、被災地の復興には莫大な復興財源が必要ですし、また、何にもまして、スピード感を持って復興を進めなければなりません。国会が、いつまでも復興財源論争に明け暮れている場合ではないと思うのです。
 被災地の皆さんの希望を担保し、早く安心して暮らしていただくためには、やはり、私たち現役世代が、みんなで痛みを分かち合い、協力すべきではないかと思います。 


 ■フットワーク76(2011年5月)

災害情報の提供について 

 3月11日、午後2時46分に発生した、東日本大震災から早2カ月になろうとしています。
 まだ、多くの被災者の方々が、不自由な避難所生活を強いられ、疲労も極限に達しているのではないかと思います。
 さて、今回の大震災では、ライフラインが全面ストップした後の「復旧の見通し」に係る情報提供に問題を残したと思っています。
 具体的には、電気・通信・ガス・鉄道の復旧や、ガソリンなどの供給は民間会社が対応しており、また、水道の断水は、宮城県仙南仙塩広域水道の漏水が原因であったため、町が直接住民に対し、「復旧の見通し」を回答できなかったことです。
 町も即座に、民間会社や県に対し、復旧作業の状況を明らかにするよう要請しましたが、なにせ被害が甚大で、現場はそれどころではなかったようです。タイムリーに情報提供がなされないことが、住民の不満や苛立ちを募らせ、そのはけ口として、「柴田町民は餓死寸前だ」「町の対応が悪いから電気や水が止まるんだ」といった、心無いデマや誹謗中傷をネット上に蔓延させることになってしまいました。
 このまま情報パニックを放置すれば大変なことになると思い、町民に冷静さを取り戻していただくために、災害に関する情報を各行政区長さんの協力を得て、5回全戸配布したところです。しかし、荒削りながらも、ほかの市町より早くお知らせ版を届けても、よく読んでいただけなかったり、また、自らは事実を確かめないで「町からのお知らせはあまりにひどい」と、一方的に批判する姿はとても残念でなりませんでした。
 改めて、今回の体験を通じて、通信手段が全面ストップした際の住民への災害情報の提供の在り方や、ライフラインを扱う民間会社や県とのフェイストゥフェイスのホットラインの必要性を痛感したところです。
 最後に、今回の災害対策では、町民の皆さまにお叱りを受けることもありましたが、一方で、柴田町災害対策本部、地域包括支援センター、民生委員、ケアマネジャーとの連携による避難者や高齢者やその家族の心身のケアを評価いただく応援メッセージ(4月10日付、河北新報 柴田町女性40代)もいただいておりますことを紹介しておきたいと思います。
 改めて、こうしたねぎらいの言葉に深く感謝いたします。


 ■フットワーク75(2011年3月)

仰げば尊し

 和らかな日差しとともに、涙の卒業式シーズンがやって来ました。今年も、保育所や幼稚園、児童館をはじめ、小中学校や高校そして大学の卒業式に出席することにしており、それぞれに感動的なシーンに出会えることを期待しています。
 特に、小中学校の卒業式は格別。一人一人への卒業証書の授与が終わり、校長先生の式辞、来賓の祝辞、お別れの言葉や送辞、答辞へと式が進むにつれて、式場全体が何とも言えない思い詰めた雰囲気に包まれてきます。やがて子どもたちによる卒業記念の合唱が始まると、感激の涙があちらこちらで見られるようになってきます。私も「大地讃頌(だいちさんしょう)」や「旅立ちの日に」を一生懸命歌っている一途な子どもたちの姿を見ると、不覚にも感情のコントロールができなくなり、ついもらい泣きをしてしまいます。
 今どきの卒業式で定番と言われる歌があるのかどうか分かりませんが、私たちの年代での卒業式の歌と言えば、なんといっても「仰げば尊し」です。「仰げば尊し 我が師の恩 教えの庭にも はや幾年・・・」このメロディーを聞くたびに、小中学校での同級生や先生方との思い出がよみがえってきて胸が熱くなります。
 実はこの歌、原曲は米国で、19世紀後半に作られていたことを先日新聞で知りました。日本人の心を揺さぶる最も日本的な歌だと思っていただけに大変驚きました。歌詞の内容も、卒業で友との別れを惜しむもので、私たち日本人の心情とも重なっており、改めてこの歌が時代を越え国境を越えて歌い継がれた名曲であることが分かりました。
 さらにこの歌には「身を立て名をあげ」といった日本独自の歌詞もあり、悲しい別れを乗り越えて、人間として立派に成長して成功してほしいという願いも込められています。
 この歌はまさに、巣立ち行く子どもたちへのはなむけには一番の歌だと思っています。できるなら「仰げば尊し」が卒業式の歌の定番として復活してほしいと願っています。


 ■フットワーク74(2011年2月)

幼児教育・幼児保育の在り方

 平成22年国勢調査の速報で、柴田町の人口は3万9333人となり、5年前に比べて476人の減少となりました。大きな要因は、子どもの生まれる数が少なくなっていることです。
 国では、子ども手当を通じて、少しでも子どもを生み、育てやすい環境をつくろうとしています。しかし、若いお母さんたちの声は、子ども手当はありがたいが、一方で、保育サービスをもっと充実させてほしいという要望も強いようです。
 しかし、子どもの数が予想以上に少なくなってきますと、要望通りに保育サービスの拡充ができない事情も出てきています。今、町で問題となっているのが、町立の幼児型児童館(幼稚園とほぼ同じ役割)と私立の幼稚園の定員割れです。このまま定員割れに手を打たないと、適切な子どもの数での集団が形成されなくなってしまいます。幼児期の子どもたちは、子ども同士の遊びや学習の中で、さまざまな刺激を受けながらたくましく育つもので、集団が小さいと、そうした刺激が少ないまま成長してしまうことになりかねません。さらに、私立の幼稚園経営がうまくいかなくなっては、町として大切な幼児教育の場を失ってしまいます。
私の立場からすると、私立の幼稚園も大切な子どもの居場所ですので、法律に基づかない町独自の幼児型児童館の機能は、幼稚園に集約したいと考えています。一方、国はさらに進んでいて、保育所と幼稚園を平成25年度以降、子ども園として一体化する方向で検討しています。
 私は、幼児教育と幼児保育の垣根を取り払い、小学校と同じように同じ条件で、同じ場所で、幼児教育も幼児保育も受けられる子育ての仕組みをつくるべき時に来ているのではないかと思っています。身近に幼児型児童館がある方々にも定員割れの現状をよく理解いただき、町全体での幼児教育や幼児保育の在り方を、ぜひお考えいただければと思います。


 ■フットワーク73(2010年12月)

創造都市の実現 

 平成22年は町政の目標を「創」という漢字一文字に託し、まちづくりを進めてきました。
 一年を振り返れば、住民との協働による手づくり図書館や交流ひろば「ゆる.ぷら」のオープン、観光物産交流館や船岡中学校体育館の建設、さらに、遅れていた生活道路の整備など、まさに「創」に込めた思いが具現化できた年になったのではないかと思っています。
 なぜ町に勢いが戻ってきたのか。それは、住民との協働の動きが活発化したことや、職員の企画・提案力が上がってきたことにあります。
 特に、職員がアンテナを高くし、国の経済対策の動向をキャッチし、うまく交付金などを活用できたことが大きかったと思っています。「何だ、以前のやり方と同じで、国や県の補助金を当てにしているだけじゃないか」と、斜に構え、批判される方もいるかもしれません。
 しかし、これまでと違うのは、職員自らが主体的に政策を考え、それを国や県に提案し認めてもらい、住民との協働で実行に移したところにあります。新しいものを生み出す力、つまり、創造力が着実にこの町に根付き始めたことは大変力強い限りです。
 今後、こうした力をバネに、柴田町の未来を切り拓いていくことになるわけですが、その道筋を示すのが総合計画です。今回の総合計画は、これまでのようにコンサルタント任せにするのではなく、職員らが地域の課題や住民ニーズを把握し、多くの住民や議会の意見を取り入れながら素案を取りまとめました。
 8年後の柴田町の未来像をコンパクトな創造都市と想定し、さまざまな文化創造活動を育んでいく中で、魅力的な都市の実現を図っていくことにしました。
 その際、原動力となるのが住民や職員ですので、国内外との活発な交流活動を通じた異文化との融合の中から、一人一人の創造力を引き出し、育てていくことが重要だと考えています。
 来年は「創」から「育」へと思いを進展させ、町政を担ってまいります。


 ■フットワーク72(2010年11月)

ふるさとの古木や巨木の保全

 遠い昔、船岡保育所に通っていた頃の思い出で、心に刻まれた風景があります。それは、用水掘沿いに植えられていたポプラ並木です。毎日見上げるたびに、空の上から「今日も元気で保育所に来たね」と声を掛けられているようで、幼心に不思議な感覚を覚えたものです。
 当時の船岡には、屋敷林があり、その中に1本や2本、高さがぬきんでた巨木がありました。また、鎮守の森には、神聖な杉の古木が凛として立っていました。しっかりと大地に根を張り、天に向かってそびえる姿に畏敬の念を持ったものです。
 しかし、街が少しずつ近代化されていく中で、道路や市街地の整備の際には、こうした古木や巨木は邪魔にされ、また、毎日の生活の中でも「日陰になる」とか「落葉を片付けるのが面倒だ」などといった理由で切り倒されてしまいました。また、鎮守の森の古木も、スギ花粉のせいかどうか分かりませんが、伐採されてしまいました。
 長年風雪に耐えてきたこれらのふるさとの木は、人間社会の御都合主義の前には全く無力でした。
 幼い頃の思い出が宿るふるさとの木が無くなっていくことはとても寂しいし、街の風情も色あせたものになってしまいます。私は、鉄筋コンクリートで街を固めることだけが成長発展だとは思っていません。自然の生態系の中で、花鳥風月が味わえる街こそが未来に向かっての持続的発展が可能になると思っています。
 私たちの人生はたかだか100年。しかし、ふるさとの木は1000年も生き続ける生命力を持っています。
 この柴田町の行く末を見続けられるのは、ほかならぬふるさとの木たちなのです。
 記憶をつなぐ古木や巨木。心のよりどころとして鎮守の森をみんなの力で守り、そして、次の世代に引き継いでいくのが私たちの責務です。まずは、今月7日、船岡城址公園と白石川で千人植栽を行います。花木を植えることで、ふるさとの木や森への関心を高め、自然と共に生きることの素晴らしさを学んでまいります。


  ■フットワーク71(2010年10月)

創造性豊かなまちづくり

 今年は機会があって広島市と札幌市を訪れることができました。この二つの都市は、各地方広域経済圏の中枢都市として、福岡市や仙台市とともに「札仙広福」と呼ばれています。常にライバル関係にあり、都市の発展を競っています。久しぶりに二つの都市を視察して驚いたのが、ダイナミズムな都市開発による都市の変貌ぶりでした。
 特に、ホテルの25階から眺めた広島の街は、ここが65年前に原爆を投下され、廃墟になった年とは思えないほど近代的で美しい都市に整備されていました。さらに、多くの外国人観光客が平和公園を訪れており、広島市は「世界の平和都市」をコンセプトに、国際的な都市に成長している印象を受けました。
 仙台市も七夕を機軸に仙台国際音楽コンクール、仙台・宮城デスティネーションキャンペーン、先月にはAPEC高級事務者会合とその関連会合の開催など、国際化に向けた努力はしているものの、観光地としての認知度は東南アジアに止まっているのが現状です。
 「杜の都仙台」を超える魅力的で想像性溢れる都市づくりをしていかないと、ほかの3都市との間での国際力、経済力、そして都市の躍動感で差が広がるばかりです。
 もちろん、都市の魅力というものはスケールの大きさだけで計れるものではありません。
 小さな都市でも「札仙広福」のような大都市にはない魅力を創造し、世界から人を引き付けることは可能です。
 この柴田町においても、桜の季節には東南アジアの若者がやって来ています。
 私たちにとってありふれた花見の風景が、実は国際的にも通用する素材となっているのです。今後さらに、船岡城址公園や白石川の景観を魅力的な空間とするため、想像性豊かな取り組みを行ってまいります。その第一段として、今月から観光物産交流館の建設工事がいよいよ始まります。


■フットワーク70(2010年9月)

還暦を前に思うこと

 還暦を祝う同機会の案内状が届きました。昭和41年に船岡中学校を卒業して以来、それぞれ人生を歩んできた同級生との再会はとても楽しみです。
 45年前の中学生時代は、はるかに遠い昔のことのように思い出されますが、一方で、60年間の人生はあっという間に過ぎてしまったように思います。
 還暦を前につくづく感じることは、体力や視力の衰えであり、動作の緩慢さです。
 気持ちの面でも、面倒くささやおっくうさが先に立つ場合もしばしば。
 体を使わなければ筋力が低下するように、頭も使わないと能力が落ちてきます。能力が落ちるとやる気も生まれてきませんから、人によっては、自律神経障害や精神障害に陥ってしまうこともあります。これを廃用症候群というそうです。
 しかし、多くの方々は、退職後も意欲的にボランティア活動やスポーツ・文化活動、さらに、介護予防教室に参加し、元気に活躍されており、大変好ましい限りです。中には、私のようにメタボ気味で適度な運動を進められながら、忙しさを理由にやらな癖が身に付いている方もいらっしゃるかと思います。こうしたやらな癖症候群の方や、家に引きこもりがちな方の健康や生きがいづくりを積極的に支援するために、「元気はつらつお達者day」を開催することにしました。
 各集会所を中心に、仙台大学の学生や健康づくり運動サポーターの資格を持つ学生さんんの指導を受けながら、体や頭をリフレッシュさせ、晩年を充実して生きるためのモチベーションのアップを図ろうとするものです。多くの皆さまの参加をお待ちしています。
 最後に、久しぶりの同期会、年金や病気のことや孫の話で終わることなく、たそがれどきに咲かせる夢を語り合って盛り上がりたいと思っています。


■フットワーク69(2010年7月)

町長へのメッセージ

 最近少し気になることがあります。それは町長へのメッセージに匿名の投書が多くなってきたことです。このメッセージの意義は、行政では気付きにくいキメ細かな意見や要望を町政に反映させ、町民との信頼関係を築きながら、まちづくりを進めていくことにあります。
 寄せられたメッセージはすべて私が目を通し、各課長にはまずやることを前提に考えてもらい、もし支障がある場合には、その問題点を明確にするよう指示しています。そして、あらゆる角度から検討した結果を本人に回答しています。
 確かに、匿名ですと行政に対して「歯に衣をきせずにズバリ思ったことが言える」という利点があります。しかし、一方で、あまりにも断定的で、言いっぱなしになってしまう危険性も潜んでいます。
 「この意見には誤解されている点が多々ある」と思っても、行政側にはそれに反論し、正しい情報を直接伝えるすべがないのです。
 例えば、子どもの安全な通学を確保するための信号機や横断歩道の設置は、県の公安委員会の権限ですし、ごみ処理に関する要望は、仙南地域広域行政事務組合で2市7町の合意がないと実現できません。
 なおさら犬の鳴き声がうるさいとか、空き地の草刈などの要望に至っては、町長に権限はないのです。
 こうした認識のズレや誤った思い込みをそのままにしていては、争点だけが際立ってしまい、せっかくの投書がまちづくりに生かせませんし、それ以上に、行政と匿名者の間に不信感だけが増幅されてしまいます。
 今、世の中が殺伐としているのも、匿名社会の危うさによると言われています。匿名社会が広がれば広がるほど、人と人との信頼関係が薄れ、目に見えない社会の脅威におののくことになってしまいます。
 やはり、自分の主張には責任を持つ開かれた社会の構築が望まれます。
 柴田町は率先して自由にモノが言える社会づくりに努めてまいります。


 ■フットワーク68(2010年6月)

川のある暮らし 

 鷺沼排水路と白石川の合流地点が二重堤防になっていることをご存じでしたでしょうか。これを土木用語で霞堤といいます。洪水を防ぐ目的であえて白石川の堤防を不連続にし、急激な流下量にならないように築かれたものです。まさに先人たちの水を治める知恵の結晶です。しかし、上流に七ヶ宿ダムができ、白石川における氾濫の危険度が下がったことや、一方で、都市化の進展に伴う田んぼの宅地化で、内水による冠水被害対策が喫緊の課題となったこともあって霞堤の意義も薄れがちになっています。
 私が町長になって以来、頭から離れないのも白石川の氾濫よりも西住地区の水害対策です。
 これまで6年にわたり調査を行って参りました。ここに来て自立戦略が功を奏し、財政が好転したこともあって、平成24年度に本格的な水害対策工事に着手できるようになりますので、水路の拡幅や調整池などの整備を行って参ります。
 これが完成すれば6~7月の梅雨期や9月の台風シーズンにおける水害に対する不安がなくなります。さらに、霞堤付近の高水敷も水没をまぬがれることになりますので、整備の仕方によっては、格好の親水公園ができるのではないかと思っています。先人たちは川の治水対策に意を用いながらも、一方では、灌漑用水や舟運などにも利用してきました。
 まさに、川と生活とは密接なかかわり合いがあったわけですが、いつしか川は河川管理者による治水対策に主眼が置かれ「川はキケン近寄るな」の看板が目立つことになってしまいました。
 しかし、自然との共生が叫ばれている今日、川が流れていることは魅力あるまちづくりを進める上で、他の自治体より優位性があるのではないかと思っています。
 今後さらに皆の力で先人たちが築いた霞堤付近の魅力をもっと引き出し、磨きをかけることで、川のある暮らしの心地良さを全国にアピールしていきたいと思っています。
 今年は一目千本桜景観形成事業の中で、霞堤付近に植栽やベンチ、道標や遊歩道などを整備し、白石川一番のビューポイントを形づくって参ります。


■フットワーク67(2010年5月)

観光まちづくり

 さあ、やって来たゴールデンウィーク。皆さんは今年はどこに行こうかとさまざまなプランを立てていると思います。私といえば皆さんとは逆で、この季節いかにして柴田町にお客様を呼び込むことができるようになるのかそればかりを考えています。
 「柴田町には春の桜が終わるとあとは何もない」「年中観光客が来るようにすべきだ」など、さまざまな意見をいただいております。
 過去を振り返れば、NHKの大河ドラマ「樅の木は残った」が放映された当時は、何の手を打たなくても館山は押すな押すなの人盛りで約100万人のお客様が訪れました。しかし、ドラマが終わるとぱったりと客足は止まりました。急ごしらえの観光地は張子の虎でしかなく長続きはしませんでした。
 観光地としての名声を持続していくためには、じっくりと魅力を醸成し本物に育てていくことが大事だと思います。
 初めて柴田町を訪れた方々が異口同音におっしゃることは「美しいまちですネ」という賞賛の言葉です。白石川や阿武隈川、太陽の村や舘山、そして槻木耕土や里山など、私たちにとって見慣れた風景が実は来訪者には魅力的に映っているようです。この魅力をさらに全国ブランドまで高めるために、今年度花咲山構想プロジェクトを推進することにしました。
 一つは、新景観形成事業です。太陽の村に交流ひろばや園路の整備、白石川への植栽とサイン計画、舘山山頂へのフラワーガーデンの整備などを行います。
 二つには、四日市場から上川名、富沢、入間田、葉坂、成田を経由して太陽の村に至るエリアで、農家の暮らしや農産物、伝統料理に出会える里山バイキングコースを整備しエコツーリズムを推進します。
 そこに暮らしている人々の柴田町への誇りや愛着が国内外に発信され、感動と共感が得られてこそ本物の観光地に成長していけると思っています。ゴールデンウィークに人を集めるためには、地域全体での観光まちづくりの取り組みが欠かせません。 


■フットワーク66(2010年4月)

プロ集団としての役場

 今月から久しぶりに6人もの新人職員を迎えることになりました。採用されたのは行政職2人、栄養士1人、保健師1人、保育士2人です。若い職員のエネルギーが注入されることで、職場に活気が倍増することを期待しています。
 柴田町は平成18年から定員適正化計画に基づき、平成22年度までに31人を削減してきました。現在の総数は296人で、同じような自治体と比べて6人も少なくなっています。
 一部の町民の方々からは、職員が多すぎるとか暇そうにしているとお叱りを受けることがありますが、それは事実に反します。
 さらに職員を減らそうとするならば、ほかの自治体が行っているように保育所や児童館の民営化や各生涯学習センターからの職員の引き上げを検討しなければなりません。こうした民営化などは、お母さまや地域の方々からの反発も大きく訴訟に発展している場合もあります。
 これからは高齢化社会の到来や地方分権社会が進展することで、私たち地方自治体の仕事はますます増えるばかりです。いかに限られた職員の中で、増え続ける業務を効果的・効率的に行っていくか。私は職員に対し、プロとしての能力アップと組織力の向上を説いています。
 プロの力量として従来の執行能力の向上は当然で、これからは住民に対し説明責任を果たせるコミュニケーション能力と住民のまちづくりへの想いを一緒に考え道案内するファシリテーター能力の向上が欠かせません。
 こうした力は、一町民として町内活動やボランティア活動に参加し、職員としてではなく個人として信頼され頼りにされてこそ身に付いていくものだと思っています。
 4月からはいよいよ住民が主役であることを宣言し、住民参加と協働によるまちづくりがスタートします。新人職員を迎えて組織が若返った役場も心機一転、プロフェッショナル集団としての役割を果たして参ります。 


 ■フットワーク65(2010年3月)

地域に根ざした産業振興

  県北地域を起点にセントラル自動車やEVエナジー宮城工場が立地し、いよいよ宮城県にも自動車の生産拠点が形成されることになります。
 自動車産業は関連する産業のすそ野が広いため、地域経済への波及効果が大いに期待されるところです。しかし、この不況で東北地方に進出し、地域経済の一翼を担ってきた縫製工場や部品工場、最近では外資系の企業が撤退し雇用不安が広がっている地域も出てきました。
 日々競争にさらされている企業の経営戦略はシビアなもので、景気の動向や産業構造の変化によって、いつ地域から撤退を余儀なくされるかは分からないのです。
 これでは地域が持続的に発展することは困難です。どんな不況に際してもしっかりと地域に根付いた産業を育てる必要があります。そのお手本となるのがイタリアです。
 日本がジャパンアズナンバーワンともてはやされていた時期のイタリアの経済は低迷していました。しかし現在では伝統や文化をものづくりに生かして、そこに行かなければ食べられない料理やそこでなければ買えない商品をブランド化することで世界中から観光客を集め活況を呈しています。
 ハイテク産業や先端産業よりも食品、繊維、皮革製品、工芸品などの軽工業が元気なのです。ネット経済の時代においては、ほかで絶対まねできない良いものなら、世界規模で関心がもたれる時代です。
 地元でいかに良いものを作りだすか。
 それに挑戦しているのが障害者の授産施設である、くりえいと柴田や角田市にある虹の園の方々です。障害者だからといって安易なものづくりに走ることなく独自のおからかりんとうやレトルト商品の販売やピザハウスの経営、最近では米粉を使ったパンやパウンドケーキなどの商品開発でビジネスチャンスを広げています。
 これからは企業誘致を図りながらも地域自らの知恵や文化ややる気をいかにものづくりに結び付けていけるかが地域発展のカギだと思います。


 ■フットワーク64(2010年1月)

温泉街の再生

 温泉がまちおこしの手段として脚光を浴びた時期がありました。本県でも、色麻町「かっぱのゆ」、涌谷町「わくや天平の湯」、旧小野田町「やくらい薬師の湯」などが官主導で開設されました。柴田町でも、温泉を掘って町民の憩いの場にしてはどうかといった提案があります。確かに温泉に入ってゆったりと心と体をいやす温泉人気に陰りは見えません。これをまちの活性化に生かさない手はないことは分かります。
 しかし、全国の温泉地を見てみますと、古くから有名だった温泉地ほど客足を確保するのに四苦八苦しているのが現状です。別府温泉、熱海温泉、近くでは飯坂温泉などにかつての勢いは見られません。
 その理由は、社員旅行や団体旅行が華やかなころ、一気に旅館の大型ビル化を図り、お客を館内に囲い込んだせいで、温泉街全体の魅力を失ったからです。さらに、家族や気の合った女性同士のグループ旅行が主流になった今日、都会と同じビル化した旅館や歯抜けになった温泉街が見向きもされなくなるのは当然です。自分さえもうかればいいといった発想がこうした結果を招いたのです。厳しい温泉地の現状を打破するために立ち上がったのが熊本県黒川温泉の後藤哲也さんです。「温泉地の再生は一旅館の大規模化やリニューアル化でできるものではなく、温泉街全体に日本のふる里を感じさせるような風景をつくり、心からもてなすことだ」と述べています。
 彼は率先して温泉街全体に雑木を植え、四季折々に街中をそぞろ歩きできるようにして、地元の土産品店や飲食店などと共存共栄を図り黒川温泉を再生させました。まさに、地域おこしは地域の特性を学び、みんなで知恵を出し合い、地道に活動することが大切で、思いつきのアイディアでは長続きしません。柴田町も後藤さんの哲学に学び、「花のまち柴田」のブランド化に向け、長期的視野でまち全体の魅力アップにつなげていきたいと思います。
 まだまだ寒い季節が続きますので、ゆったりと湯船につかり雪景色を眺めながらまちおこしのアイディアを練ってみたいものだと思っています。


 ■フットワーク63(2009年12月)

政治の大転換

 今年1月、「チェンジ」のキャッチフレーズでアメリカ国民の心をとらえたオバマ氏が第44代アメリカ大統領に就任し、日本では、「コンクリートから人へ」をマニュフェストに掲げた民主党が政権交代を成し遂げました。
 柴田町でも、長年の合併論争に決着をつけ、自立と共生の道を歩み始めるなど、まさに平成21年は政治がダイナミックに変化した節目の年になりました。
 政権交代の要因については、さまざまな論評がありますが、私の見立てでは二つに集約できます。
 一つは、規模の拡大と効率化を優先した経済至上主義の行き詰まりであり、二つは、市民が権力者を変えるだけの力を持つようになったことです。
 市場原理主義・競争主義社会の中では、大企業である日本航空もトヨタ自動車もカネボウも、さらに大型のショッピングセンターさえも苦境を強いられるなど、「寄らば大樹の陰」といった処世訓が成り立たなくなっているのが今の日本です。
 今後さらに人口減少、資源やエネルギーの枯渇、食糧不足、地球温暖化などの制約要因を考えれば、これまでのような高度経済成長は望むべくもなく、経済成長至上主義の政治が大転換を迫られたのは、まさに時代の流れでした。
 新政権は、国家戦略室や行政刷新会議を立ち上げ、子ども手当や公立高校の実質無償化、農家の戸別所得補償など、直接国民に予算を振り向けようと矢継ぎ早の改革を打ち出しております。
 急激な改革は地方にしわ寄せが来ないか心配な面もありますが、私はこれまでのムダ使いやしがらみによる政治や既得権益にメスを入れる上で、その改革の方向性は間違っていないと思います。
 「自分たちの社会は自分たちの責任でよりよい社会に変えていく」「希望を持ち続けることで社会は変えられる」というオバマ大統領のメッセージや国民総参加の政治を目指す新政権と「自立と共生」「参加と協働」そして「実践自治」を掲げる柴田町のまちづくりは軌を一にしております。
 年を越すに当たり改めて「町民が主役の政治」の実現を肝に命じて参ります。


 ■フットワーク62(2009年11月)

雇用対策について

 11月23日は勤労感謝の日です。勤労を尊び生産を祝い、互いに感謝し合う日として昭和23年に制定されました。以前の新嘗祭に当たり天皇陛下が神々に新米を供え、御自身もお召し上がりになった宮中行事でもありました。
 日本人にとって働くことの原点はまさに米作りにあり、勤勉に働いてさえいれば豊富な水と肥沃な大地によって日々の暮らしは守られていました。
 しかし、日本の産業が農業から工業へとシフトするにつれて、働く喜びは会社から与えられることになりました。会社人間として一生懸命働いた結果、収入が増え生活も豊かになっていったことで、「働くこと」それ自体が生きがいとなったのが日本人の特性です。
 しかし、経済がグローバル化し、コスト競争が激しくなるにつれて、会社の生き残り策として最初に手をつけられたのが派遣切りであり、従業員のリストラでした。これまで会社と従業員とで培ってきた労使協調路線はもろくも崩れ、解雇されれば一気にどん底な生活を強いられる「不安な社会」となってしまいました。こうした社会を健全な姿に戻していくためには安心して働ける仕事場の確保や生活に困らない賃金の保証がぜひとも必要です。
 もう一度、終身雇用、正社員尊重、労使協調といった働く人を大切にした日本的雇用慣行を再構築していかなければならないと思います。
 町としてできる雇用対策は企業誘致や既存企業の成長支援を通じて行なっておりますが、さらに今後は地域自前で新たに働く場をつくり出していくことが重要だと考えています。
 まず手始めに今月中にも観光協会と太陽の村運営組合を統合し、(仮称)柴田町観光物産協会を立ち上げ、「観光によるまちづくり」を本格化することにいたしました。
 新協会には観光資源の掘り起こしによる新ビジネスや雇用の創出を図る推進エンジンとしての役割を期待しています。


  ■フットワーク61(2009年10月)

地域農業の再生

  今回、農業の実情を知るため鉢花生産組合や中名生地区の稲作農家や葉坂地区の産直活動に携わっている方々と現場で懇談の場を持ちました。
 話の途中でベテランの農家の方から「町長、柴田町の農業の将来をどう考えているのか」と単刀直入に聞かれたときには一瞬たじろいでしまいました。理由は一言で答えが出せるほど農業問題は生易しくはないからです。
 農業の現状にじくじたる思いを抱いていたときに目についたのが「儲かる農業 ど素人集団の農業革命」という本でした。
 農業に関する知識も技術もない嶋崎秀樹氏が脱サラして農業法人トップリバーを立ち上げ、長野県産高原レタスやキャベツの生産流通販売を通じて年商10億円の農業ビジネスに育てた成功物語です。
 儲かる農業とは、これまでの固定概念から脱却し、自らリスクを取って新しい方策にチャレンジすることであると述べています。確かに各地で農業ビジネスの芽が出ており、生産現場では野菜工場が、流通販売ではスーパーやレストランとの契約栽培による直接取引が脚光を浴びています。こうした企業的な農業ビジネスは行き詰った現在の農業の閉そく感を打破する動きとして期待は大きいのですが、一方で効率主義一辺倒の農業ビジネスは地域の共同意識や伝統文化、収穫の喜びといった自然への畏敬(いけい)の念を希薄化させ、「農業ビジネスが栄えて農家や農村は滅びる」といった事態を招きかねません。
 こうした懸念を踏まえれば、柴田町が目指すべき地域農業は、身土不二を基本にほかの産地がまねのできない農産品の開発や有機野菜の生産や産直活動など柴田町の自然や風土の豊かさを丸ごと売り込む地域ブランド化戦略を主軸にすべきだと思います。
 今後とも生産者と消費との絆、農商工と行政との連携を深め地域農業の再生と農村社会の活性化を図ってまいります。


 ■フットワーク60(2009年9月)

敬老精神とは

   9月は敬老会のシーズンです。多くの地区の皆さんのお世話で楽しいひとときを過ごさせていただいております。
 今回、敬老会に町で招待するのは昭和7年生まれの方々です。戦争という暗い時代に青春時代を過ごされ、戦後の混乱期を生き抜き、さらに高度成長時代をガムシャラに働いて私たちに物質的な豊かさや便利な社会をもたらしてくださいました。飲まず食わずの生活や働きづくめの生活の中で、つらい悲しい体験を数々なされた方々です。
 本来、こうした高齢者の方々の御尽力に報いて、平和で安心した老後を過ごしていただけるような社会にするのが私たち現役の責務でありますが、今の世の中不安は増すばかりです。
 なぜ、わが国はこんな不安な社会になってしまったのか。それはバブル崩壊後の経済社会政策を市場原理主義、競争主義にゆだねてしまったからにほかなりません。“強いものをより強く”“富めるものをより富めるようにして”弱いもの貧しいものの底上げを図ろうとする構造改革は拝金主義ばかりをまん延させました。マネーゲームによって引き起こされた100年に一度の経済不況は、一時「勝ち組」ともてはやされたアメリカの証券会社や自動車会社を破たんに追い込みました。
 その影響が回り回って、柴田町の一人一人の生活にも深刻な打撃をもたらしております。
 この状況を打開するには、拝金主義が必ずしも幸せを生む社会にならないことをまず私たちが悟るべきです。
 アメリカの競争主義に毒されることなく、これまでの日本の発展の礎を築いてこられた高齢者の方々の考え方である「もったいない」「お互い様」「腹八分目」といった足るを知る経済社会に転換していくことが今求められています。高齢者の皆様が住み慣れた地域で安心して暮らしていける社会をつくってこそ本当の意味での敬老になるのだろうと思います。


 ■フットワーク59(2009年8月)

市街地の緑化

 夏場の東京出張は相当体にこたえます。新幹線から降りたとたん、蒸し風呂に入ったような熱さに耐えられず、涼を求めて一目散に地下街へと逃げ込みます。
 東京は便利さと快適さを追い求めてきた都市なのに、夏場はますます不快になるばかりです。
 これは、人や車やコンクリートのビルが集積し過ぎ、ヒートアイランド現象を起こした結果であり、もはやクーラー無しに夏場は過ごせなくなっています。その点私たちの夏は、緑の中を吹き抜ける風が大変心地よく、クーラー無しでもなんとか過ごせます。
 緑の豊かさという点からすれば、都会より地方の方が優位性は高いわけですが、公園や広場や街路といった市街地の緑化については、都会の方が断然その整備が進んでいます。
 東京には、皇居や赤坂御苑、神宮の森や上野公園など、人と人との交流の場や憩いの場、自然に親しめる快適な空間は結構多いのです。自然との共生が求められる時代において、地方の中小都市が生き延びていくためには、地域の自然を生かした個性あるまちをいかにつくっていくかです。
 花と緑のまちづくりで成功しているのが、人口1万2千人の町、長野県小布施町です。(葛飾)北斎館を核として伝統的な街並みを保存し、街全体を花と緑で覆うといった魅力的なまちづくりを30年かけて行ってきました。その結果、若い女性を中心に年間150万人もの観光客が訪れるまちに変貌しています。
 柴田町も小布施町の景観づくりに学び、まず将来の都市デザインをしっかりと描き、みんなの力で町中に緑を増やし、史跡や文化を生かしながら美しい市街地の形成や心をいやす景観を育んでいきたいと思います。
 ヨーロッパ並みの、うっそうした木陰の下で自然の風に吹かれながら過ごせたら夏バテしないでも済みそうです。


 ■フットワーク58(2009年7月)

ローカル線の旅

 私の部屋にJR東日本のカレンダーが飾ってあります。7月は、マリンブルーの海と夏の日差しに緑鮮やかな内房線(千葉県房総半島)を走るさざ波が主役です。ブルーラインの車両が印象的なこの電車に一度は乗ってみたいとの思いが募ります。
 私の趣味はといえば一人旅。若い頃には、夏休みになるたびにユースホステルや国民宿舎を使って全国各地を旅したものです。
 これまでの旅の楽しみ方といえば、旧所名跡観光地巡りや温泉地での慰安旅行が中心でしたが、最近では、古都の良さを今に伝える町家や小さな路地が人気だったり、陶器づくりや絵付けなどを体験する旅に変わってきています。私も観光地巡りは好きですが、それ以上にのんびり走るローカル線の旅そのものに魅力を感じています。各駅の名物駅弁を食べたり見知らぬおじいちゃんやおばあちゃんから土地のいわれやお祭りや特産品などの話しを聞くのがとても楽しみです。
 それ以上にワクワクするのが、走馬灯のように飛び込んできては消えていく車窓からの眺めで、テレビドラマを見るより飽きません。しかし、その車窓からの風景も時代の流れと共に、でこぼこ道は舗装され、田んぼはきれいに区画され、街並みも近代化し風情がなくなってしまいました。一方、列車で5時間かかった東京までの旅も、急行「まつしま」、特急「はつかり」、新幹線「やまびこ」「あおば」、そして「はやて」とスピードを増し、現在1時間40分での乗車に旅情を感じることは難しくなってしまいました。
 まさに私の人生の旅と同じで、ゆっくりと時間が流れていた頃の思い出の方が鮮明で、20歳を過ぎてからの人生のさまざまな出来事は新幹線から見た風景と同じように目の前をただ通り過ぎていっただけのように思います。
 今になって無性にローカル線の旅にあこがれるのは、季節の移り変わりに心ときめくようなゆとりのある人生を望む気持ちの表れなのかもしれません。
 皆さん、この夏休み見知らぬ土地に出掛けて人生の思い出づくりをしてはどうでしょう。


■フットワーク57(2009年6月)

新しい政治の流れ

  いよいよ新しい議員さん方による6月定例議会が開かれます。どんな一般質問が提出されるのか緊張しているところです。今議会の特徴は、新人議員さん6人と女性議員さんが6人誕生したことです。特に女性議員が定数の3分の1を占める議会は、宮城県議会、宮城県市町村議会においても初めてです。人数的には、仙台市議会女性議員10人(定数60)に次ぐ2番目の数になります。
 なぜ、柴田町議会にこんなに多くの女性議員が誕生できたのでしょうか。分析してみますと、なんといっても女性の方々が政治に関心を持ち「女になんか何ができる」といった声を振り切って、自分の意思で立ち上がったことが大きいと思います。一方、有権者も男性中心の議会では子育てやいじめ、児童虐待、DV、障害者の声などが政治に届きにくいと感じて「民意を鏡のように代弁してくれるのは女性議員である」と期待したことや、自分の意見を持たず大勢に流されてしまう旧来型の政治に見切りをつけたからではないかと思います。
 まさに柴田町に新しい政治の流れが生まれたといえます。
 新しい正副議長さんはこうした政治の流れを前向きにとらえ、「開かれた政治」「開かれた議会」「住民に信頼される議員」を目指して意欲的に議会改革に取り組まれようとしております。改革が進み、議会における調査分析能力や条例などの政策立案能力や議会内でのディベート力が高まってくるようになれば、我々執行部もそれ以上の行政能力を高めて対応していかなければならないと気を引き締めているところです。
 議会との関係においては、長年合併問題でぎくしゃくしてきましたが、今回の新たな議会構成の中でこれまでの対立軸を精算し、首長と議会との二元代表制を本格的に機能させていきたいと思っております。
 一般質問を通じてお互い議論を深め切磋琢磨しながらよりよい政策を実現していくつもりです。熱い論戦をご期待ください。


 ■フットワーク56(2009年5月)

暫定図書館開設準備へ

 柴田町に図書館が欲しいとの住民運動が始まって12年。今回その運動の一里塚として暫定図書館開館に向けた準備活動がスタートすることになりました。開館予定年度は22年度です。なぜ本格的な図書館じゃないのかとお叱りを受けるかもしれませんが、それには理由が2つあります。
 1つは、本格的な図書館を建設するとなると町単独費で約12億円の予算を用意しなければなりません。図書館建設については国や県の補助制度がないからです。
 2つには、事業のプライオリティー(優先順位)としては23年度中の船岡中学校体育館の建て替えや26年度中の槻木中学校の建て替えを優先せざるを得ないからです。
 暫定図書館といっても条例に基づくもので、県の図書館とのネットワークも構築されますので基本的な機能は確保できます。完全なものとはいえないまでも、ここは一歩前に踏み出して、まずはこの町に図書館を開館することが先ではないかと思います。今回の暫定図書館は、まちの図書館設置検討会の報告書の基づき伝承館のエントランスホールを活用して開設することになります。
 役所が業者に発注して整備するのではなく、図書館に関心のある方や職員が協働し手づくりで図書館をつくることにしています。本の多くは寄贈を受け、書架はある学校のものを譲り受けたいと思っています。図書館の運営は本の好きなボランティアの方々のお手伝いをいただきながら進めていく計画です。
 私は今回の暫定図書館の開設は柴田町が進めてきた協働のまちづくりの実践モデルになると考えております。行政がお金で公共施設を整備するようになったのは戦後のことで、そればでは学校でさえ地域の人たちが部落の共有林から木材を切り出し、お金を融通し、みんなの力を結集してつくったものです。「自分たちでできることは自分たちで」という地域づくりの原点にもどって皆の力で暫定図書館を小さく生んで大きく育てていきたいと思っています。本の好きな皆さん、どうぞ手づくり図書館の開設準備へ参加してみませんか。


■フットワーク55(2009年4月)

緊急経済対策について

 大企業の経営悪化や人員の削減が続々と報じられる厳しい経済状況の中にあって、その対策としての定額給付金が紆余曲折を経て支給されることになりました。柴田町においては、4月7日に世帯主の方に申請手続きをしてもらう通知を出すことにしております。定額給付金は口座振替で支給することになっており、手続きが順調であれば5月の連休明けにはお手元に届くと思います。定額給付金については、その有効性に若干疑問を持っており、支給される半分でも町の公共事業に使えるようにすべきだと思っていました。しかし、法律が制定された以上、柴田町の町民に配分される約6億円をなんとか町の活性化に役立つように工夫をするのが町の政策であると考えを切り替えることにしました。この約6億円のうち1億円分が町の商店で消費されるように考えたのがプレミアム付きの商品券です。商工会と連携して1万円に2千円のプレミアムを付けた2割増の柴田さくら商品券を1万セット販売することで、地元での資金循環を促進し、地域経済の活性化につなげていきたいと思っています。この数年間、町民の皆さまには行財政改革の痛みに耐え、我慢もしていただいてきましたので、少し財政が好転した恩恵によくしてもらってもいいのかなと思っております。100年に一度の不況の中で町が実施できる経済対策は限られておりますが、今回はプレミアム商品券の販売のほかに公共事業の前倒し発注や地元商品の優先購入、さらに役場にも緊急に臨時職員を雇用するなどの対策を行って参ります。こうした自前の緊急経済対策によって消費の拡大と雇用の確保を図り、地域経済の底割れを防ぎながら、この未曽有の不況を乗り切っていきたいと思います。病は気から、景気も気からと申します。景気回復に今すぐの特効薬は見つかりませんが、ここは地域の主体性を発揮し、地道に努力する以外に妙案はないと思います。


■フットワーク54(2009年2月) 

白幡橋のリフレッシュ

 白幡橋のリフレッシュ工事が始まりました。長年の懸案事項だっただけにホッとしているところです。白幡橋が架けられたのは昭和13年ですからすでに70年が経過しています。戦時中、高欄の鉄筋が軍に供出されて以来、60年以上もの間痛々しい姿をさらしてきましたが、今回、コンクリートの高欄が鋼製の欄干に取り替えられ、痛んだ舗装も防水処理を行った後で打ち直すことになりましたので、安心して通行できるようになります。合わせて照明灯の交換や歩道橋の高欄の塗装も行われますので、見た目も安心感が増すと思います。本来であれば架け替えなければならないのですが、耐震診断を行った結果、過去に補修補強工事を行ったこともあり、橋脚部分はおおむね大丈夫という結論でした。一方、昭和 57年に架けられた柴田大橋は耐震構造になっていないため、今後2~3年かけて、補強工事をするそうです。なぜ、こうも違うのか専門家に聞いたところ、昔の技術者は川を良く知り尽くしており、いわゆる職人の経験則と技で造られているため意外と丈夫なのだそうです。今は、コンピューターで構造計算がなされているため、精緻ではありますが、想定外の事態には、案外脆いのだそうです。コンピューターに頼りすぎて、職人の知恵や経験則が軽視されてしまったことが結果として表れたのかも知れません。人間も同じです。戦争という悲惨な経験を積んで、生き抜いてきた年代の方の方が元気で、環境も栄養状態もいい今の若い人の方が案外ひ弱なのは、困難を乗り越えて生きぬく経験則に差があるからなのかも知れません。年齢70歳、まだまだ現役として活躍してもらわなければならない白幡橋ですが、いずれは、架け替えなければならない時がやって来ます。白幡橋架け替え整備期成同盟会の会長としては、早急に架け替えルートの調査に着手するよう国や県に働きかけてまいります。当面、白幡橋には老体に鞭打って頑張ってもらうことになりそうです。頑張れ白幡橋。


 ■フットワーク53(2008年12月)

1年を振り返って

   まちづくりへの思いを漢字一文字「絆」に託してスタートした1年ももうすぐ終わろうとしています。まちの図書館設置検討会、柴田町住民自治基本条例をつくる会、もったいない運動町民会議などを通じて、多くの方々との交流や絆を深めることができました。中でも思い出に残るのは100歳の誕生日を迎えた中平のおばあちゃんとの出会いです。100歳とは思えないくらい矍鑠としており、私と2人、手を添えてウエディングケーキに入刀した光景は忘れられません。また、船岡中学校3年生への特別課外授業も新鮮でした。将来のまちづくりの担い手となる子どもたちが、柴田町のことを一生懸命調べた上での鋭い質問に私もタジタジでした。まさに新たな出会いに触発されて、まちづくりへの思いを強くした年でした。申すまでもなく政治家の仕事とはパンとサーカス、つまり、生きる糧のために仕事や働く場所を確保し、そして、人生の楽しみや生き甲斐を提供することです。しかし、パンとサーカスが行き渡った社会が必ずしも幸福な社会とはなりませんでした。時代が大きく変わり、お金さえあれば何でも手に入る社会が出現したことによって、逆に「和を以って尊しとなす」とする日本の良き伝統は失われてしまいました。児童や高齢者への虐待、ネットカフェ難民、孤独死などの社会問題は他人との関わりを嫌う孤立化した社会によって生みだされたものです。すさんだ社会を健全で元気な社会に戻すためには、水道や道路や公園などと同じように「人間同志の絆」を新たな社会関係資本として位置づけ、再構築して行くことです。高齢化社会を見据えれば、お金も大切ですが、人と人とが支え合う社会をつくることがもっと大事です。町としては人と人とをつなげる取り組みや役所と町民の距離を埋める努力を今後も重ねて参ります。最後に年末は休みを頂き、じっくりと来年の流れを先読みした漢字一字を考えたいと思います。皆さん、よい正月をお迎えください。


 ■フットワーク52(2008年10月)

地域再生について

  仙台都市圏は、今、セントラル自動車の進出や東京エレクトロンなどの工場増設に沸き、また、高層マンションの建設や新たな商業ビルがオープンするなど、一手に県の富県戦略の恩恵を受けています。翻って、県全体を見れば、最近の石油や穀物の高騰によって、農林水産業は危機的な状況を迎えており、また、中心商店街の衰退、建設業の廃業が相次いでいます。さらに、平成の大合併によって、役場が無くなったり、農協の支所や営業所が縮小、廃止されたり、地域は四重苦、五重苦に陥っているのが実情です。本来であれば、国が抜本的な経済対策を講じなければならないわけですが、解散含みの政局もあって、腰が落ち着きません。一方、県土の均衡ある発展を目指してきた県においても、極度の財政難はいかんともしがたく、疲弊する地域経済に歯止めをかける有効な手だてが打てないでいます。仙台都市圏ばかりに富県戦略の花が咲いても、根っこの地域が衰退の道を歩めば、いずれ宮城県の活力は無くなってしまいます。県全体が元気を取り戻すためにまずやらなければならないことは、地域自らが立ち上がることではないでしょうか。
 今後、取るべき戦略とは、自立した経済圏の確立に向けて地域の個性を生かしながら産業の拡大や高度化を図ることです。そのためには、地域の農業、工業、商業、観光産業との連携、それを促す行政や地域経済団体や企業などとの連携を深め、地域循環型の経済圏を形成していくことが大切です。おかげさまで柴田町の製造業はとても元気で、東海高熱工業さんや角谷製作所さんの地鎮祭も終わり、11月には、いよいよリコーさんの200億円規模のトナー工場の建設が始まります。まさに、町に勢いが生まれており、これまで以上に仙南広域経済圏の中心都市としての役割が期待されているところです。今後はこうした勢いを町民一人一人の生活の向上に結び付け、真の意味での地域再生を図ってまいります。


■フットワーク51(2008年8月)

住民自治基本条例の制定について

  住民自治基本条例の素案がおおむねまとまりました。平成16年6月に設立された住民自治基本条例検討委員会の助言を受け、平成18年10月に住民自治基本条例をつくる会が素案づくりを開始しました。その後、1年10カ月にわたり、柴田町がどのような姿であれば住みよい町といえるのか。どうしたら子どもや孫たちに心地よい町が残せるのか、行政と住民との協働によるまちづくりとはどういうことなのかなど、熱い議論が繰り広げられました。
 当初は一人一人のまちづくりへの思いが強く、なかなか意見がかみ合わない場面もありましたが、200回以上にわたる議論の末、小異を乗り越え、ここに素案がまとまりましたことは大変意義深いと思います。地方分権時代を迎えた今、行政と住民が知恵を出し合い、個性的なまちをつくっていくことが求められています。しかし、一方ではまだまだバブル期の甘い思い出が忘れられずに、国の補助金をあてにした公共事業への期待や合併すれば地域が発展するといった幻想から抜け出せない方もいらっしゃいます。はっきり申せば、借金まみれの国にこれ以上市町村の面倒を見るお金はありません。これからは、地域が持っている資源や遺産、文化や人材などを活用し、身近な行政と共に、住民自らが生活環境の向上や地域の魅力を高めるための努力が大切です。自分たちの地域は自分たちの手でつくろうとする住民自治が成熟していてこそ、地域の再生が可能になると思います。こうした、住民の知恵やパワーを行政運営に反映させ、住民との協働によるまちづくりをルール化したのが住民自治基本条例です。自立したまちづくりの標準装備として、今、この条例の制定が燎原の火の如く全国の自治体に広がっています。柴田町はまちづくりの主役は住民であることを改めて宣言し、自治活動の実践を通じて、コンパクトで質の高いまちづくりを目指すバックボーンとして、住民自治基本条例の制定を急いで参ります。


■フットワーク50(2008年6月)

水害に備えて

  最近、地球温暖化の影響からか雨の降り方が大変異常で、集中豪雨は主に九州や四国に多いものと思い込んできましたが、近ごろでは東北地方や北海道でも頻繁に大雨洪水警報が発令されるようになりました。その度に職員や消防団員には夜通し警戒に当っていただき大変心強く思っております。
 特に町は白石川や阿武隈川に囲まれているため、これまで機度となく内水の氾濫や洪水などの被害を受けてきました。水害対策こそ重要な政策課題で「まさに水を治めるものは国を治める」の言葉通り、政治の要諦となっています。
 これまで船岡五間堀排水機場や船岡三名堀排水機場を整備してきた結果、内水による水害はだいぶ減らすことができました。
 今年度は13年をかけて県が整備してきました四日市場の排水機場の一部試運転がいよいよ始まりますので、これで槻木地区の水田の湛水や槻木市街地の冠水はだいぶ緩和されることになります。
 このように水害の抜本的な対策には長い時間とコストがかかりますので計画的に整備を行っておりますが、しかし私たちはすべての自然災害に完璧に対応できるわけではありません。
 現在、町としては万が一の危機に備え、災害が発生したときにはどのようにでも対処できるよう災害時の初動体制の確立と被害を最小限度に食い止めるための新たな防災体制を、震災対策編と風水対策編に分けて柴田町地域防災計画を改訂しております。この対策に盛り込まれた項目を皆さまと共有し、災害に強いまちづくりを進めてまいります。
 そもそも地球温暖化による自然災害の驚異は私たち人間自身が引き起こしたものです。コンクリートやアスファルトに囲まれた人工的な社会生活から、もう一度自然と共に歩む社会や人間らしい暮らし方に戻していくことが抜本的な対策ではないかと思います。
 しかし現段階では、もしもの自然災害に対して、自らの地域は自らで守る意識や体制を整備していくことが肝要だと思っております。


      ■フットワーク49(2008年2月)

商店街の活性化

   原油の高騰に伴う灯油の値上げによって、生活に困っている方のために、柴田町でもスタンプ会の商品券で5千円を支給することにいたしました。現金ではなく商品券にしたのは冷え込んでいる地元の商店街を少しでも元気にしたいとの思いもあったからです。

 このまま何も手を打たなければ、他の地方都市と同じように町の顔としての商店街が無くなってしまう事が懸念されます。何とか町全体で商店街を盛り立てていかなければなりません。中心商店街の活性化について、国では、都市計画法、大規模小売店舗立地法、中心市街地活性化法の、いわゆるまちづくり3法を改正し、街中に商店を再集積し、お客を呼び戻そうとしていますが、現実には石巻市の百貨店が中心商店街から撤退を決めるなど、郊外のショッピングセンターとの競争は激しさを増すばかりです。もはや、国や大資本のお金ばかりをあてにして商店街が活性化できる時代ではないのです。一方、地道にまちづくりに取り組んでいる地域があります。合併をしない宣言をした矢祭町です。7千人たらずのこの町では、役場や議会、商工会やまちづくり委員会が協力し、自分たちの町は自分たちの知恵と工夫で元気にしていこうと、これまで手づくり図書館を開設し全国から本の寄贈を受けたり、スタンプ券で公共料金の支払いや納税ができるようにしたり、最近では議員の報酬を議会などに出席した場合1回3万円と決めるなどユニークな政策を展開しています。「矢祭町に学べ」と全国から視察者が押し寄せています。柴田町でも、矢祭町のように行政と町民との顔が見える関係を保ちながら、みなで知恵を結集し、地域内でお金が回る仕組みを創っていきたいと思います。今回の商品券での支給はその第一歩です。今後さらに商品券が町民に受け入れられ、使ってもらえるよう、商工会の皆さまも率先して、魅力ある商店街づくりに努力していかなければならないことは申すまでもありません。


   ■フットワーク48(2007年12月)

潮目が変わったこの1年

 平成19年を一言で表せば、潮目が変わった年と言えるのではないでしょうか。参議院での与野党逆転に伴い、突如、安倍さんから福田さんに政権が替わりました。経済面では、石油に変わる新エネルギーとしてバイオエタノールが注目を浴び、また社会面では、郵便局の民営化がスタートしました。まさに、新しい時代の胎動が聞こえた年ともいえます。

 町も今年は財政再建プランに基づき、合併以上の大胆な行財政改革に取り組んだ結果、5億5千万円の貯金が確保できる等、財政健全化への道筋を明らかにすることができました。さらに、ゴミ削減に向けたもったいない運動や健康づくりの展開、住民自治基本条例制定への取り組み、企業立地促進条例の制定等により、停滞から上昇へと潮目を変えることができたように思います。

 時代は今、地球規模での温暖化や食料や水の不足、地下資源の枯渇問題に直面しています。こうした目前に迫った危機の中で新たな発展を目指すためには、「大きいことはいいことだ」といった呪縛から解放されて、持続可能なまちづくりへと舵を切っていくことが必要です。そのためには、「国や役所が何とかしてくれる。合併すれば地域が発展する」といった他人任せの考え方はもう止めて、自分たちの町は自分たちの力でつくるという自治意識を育てて行かなければなりません。新たな流れとして「美しい自然の中で、人と人とが支え合いながら、心豊かに暮らしたい」という欲求が高まっています。そうした意識の変化や人口の減少や経済の縮小といった時代の変化を先読みして、柴田町独自の元気な未来像を提案していくのがわれわれ政治家や行政マンの大きな責務ではないかと思います。これからも、町民の皆様の知恵とパワーを結集しながら、一人一人が輝くコンパクトなまちづくりに全力を尽くして参ります。この1年間の皆様のご協力に対し改めて感謝申し上げます。良いお年をお迎え下さい。


   ■フットワーク47(2007年10月)

秋の風情を満喫するために

   秋になると思い出すことがあります。宮崎県の高千穂を旅した際、バスガイドさんが歌う「刈干し切り歌」を聞きながら見た山里の風景です。刈り取られ棚田にわら焼きの煙がたなびいていたことを良く覚えています。さらに、小学生の頃、ゆず湯を楽しみに羽山神社のお祭り行ったことも忘れられません。「村の鎮守の神様の今日はめでたいお祭り日、ドンドンヒャララ、ドンヒャララ」、神の恵みに感謝し、辛い農作業から解放され、ホット一息ついた農家の人々の喜びを歌ったのが「村祭り」です。秋になると何故かこの歌のメロディが耳に蘇ってきます。まさに日本の秋の風物詩は稲刈りであり、鎮守の祭りです。

 ただ、ここにきて残念なのは、最近の米づくりはこうした日本の伝統文化と切り離されて、お米が単なる取引商品の一つになってしまったことです。今年は戦後農政からの大転換がうたわれ、売れる米づくりを目指して三つの改革がスタートしました。一つは農業に意欲と能力のある担い手農家に政策を集中する品目横断的経営安定対策です。二つには米の生産調整は農業者、農業者団体が行うことになった米政策改革推進対策です。三つには水田や水路や自然環境を農家や非農家の人たちが一緒になって管理する農地、水、環境保全対策です。町としては国の政策に従い一生懸命に取り組みますが、果たして地域農業の再生と農村の活性化につながるのか少し心配な面もあります。今の世の中、あまりにも規模拡大によるコスト削減や効率性にこだわり過ぎて、大事な日本の心を見失っているような気がします。「村祭り」の歌も、市町村合併が進んだことで「村」が少なくなり、ついに小学校の愛唱歌から外されてしまいました。愛唱歌に歌われた美しい田園風景や伝統文化、そして地域社会をしっかり守ってこそ、本当に豊かな社会といえるのではないでしょうか。秋の風情をこれからも満喫できるよう、活力ある農村づくりを目指して参ります。


   ■フットワーク46(2007年8月)

道州制と基礎自治体の在り方

 中央集権による画一的な行政が行き詰まる中、国と地方の役割を根本から変える道州制の議論が活発になってきました。道州制とはこれまでの国、都道府県、市町村に代えて、統治の枠組みを国と道州と基礎自治体に再編しようとするものです。国は外交、防衛、司法、通貨の分野に特化し、道州は産業・雇用政策、環境汚染防止、社会資本整備の分野を担い、そして基礎自治体は福祉、教育、文化といった住民に身近な行政サービスを提供することになります。基礎自治体の規模は20万から30万人と想定されることから、私たちの地域に当てはめると県が示した合併構想での仙南2市7町が適切な受け皿ではないかと思われます。しかし、道州制については議論が始まったばかりであり、中身の詰めはこれからなので不安や懸念もあります。それは、平成の大合併で生まれた広域自治体が住民の期待に応えきれていないからです。財政基盤の強化を目指して合併した大崎市や石巻市では地方交付税が減らされた影響から、合併後一年も経たないうちに財政再建団体に転落する危機が取りだたされています。また、行政エリアが広がったことできめ細かな行政サービスが受けられなくなったとの不満も高まっています。原因は国からの財政支援ばかりをあてにして、住民自治を置き去りにしたせいではないかと思います。合併して良かったとの声が聞かれない平成の大合併に学べば、道州制が実現するためには住民の理解と住民自治の強化が不可欠です。道州制では基礎自治体に大幅な権限と財源が委譲され、自立的、主体的なまちづくりが可能になるわけですから、住民自身がシッカリと町の将来を見据え、自らの力で地域を元気にしていく努力が必要です。道州制はスケールメリットを求めた単なる都道府県合併ではなく、新しい地方政府を樹立するという真の地方分権を確立するための制度設計です。今後、住民の間で議論が深まるよう率先して行動して参ります。


 ■フットワーク45(2007年6月)

桜の名所づくり

 舘山や白石川の堤防がシトシトと雨にうたれる季節を迎えました。桜祭りの頃にはふるさとの自然を求めてあんなに人が集まったのに、今は人影もまばらです。一年を通じて舘山や白石川を花で埋めつくしたい。この美しい風景を全国ブランドまでに高めたいとの思いから、これまで桜、レンギョウ、水仙、紅梅等を植えてきました。そして、今回、初めて桜を守り育てていくために桜協力金をお願いしたところ、観光バス242台、マイクロバス52台、乗用車6千766台分の協力をいただきました。

  「どこからいらっしゃいましたか」「九州です。私は北海道」中には中国語らしい言葉も耳にしました。東北の桜巡り観光ツアーでやって来たお客さまでした。「福島市の花見山もいいが、花の種類が多ければこちらの方がスケールが大きい」と褒められたときには大変嬉しくなりました。「町長、花を植えても町民の腹の足しにはならない」といった批判も今ではうそのよう。「桜が終わったらシャクナゲや桃、紫陽花を植えよう」さらには「白石川と舘山を結ぶ歩道橋をつくってはどうか」といった夢のある提案もでています。花の名所づくりへの賛同者が増えてきましたことは大変心強い限りです。物騒な世の中、殺伐とした人間関係、あまりにも幾何学的になりすぎた都市景観への反動から、ふるさとの自然の中で心を癒したいとの都会の人達の思いがこうした里山ブームになっていると思います。東京から見れば柴田町のような地方都市はまさに田舎。便利さや都会の賑わい、娯楽や情報の面で東京には太刀打ちできませんが、田舎には歴史や文化、里山や水辺といった癒しの空間、そして、人のぬくもりといった魅力があります。お金や便利さでは見劣りしても、田舎ならではの魅力を誇りに思い、皆で花の名所づくりに汗をかくことができる地域こそが本当の意味で豊かなのではないかと思います。 


■フットワーク44(2007年4月)

ローカルマニフェスト型選挙

 四月になってやっと統一地方選挙への関心が高まってきました。年々、地方における首長選挙や議会議員選拳の投票率が下がってきているだけにその動向が心配です。投票率低下の原因は、ある程度生活が豊かになり地方自治体に頼る面が少なくなってきたことです。

 一方、政治課題のなかで一番関心の高い、年金、医療、福祉や経済格差の問題は、国政の問題であり、地方選挙で一票を投じても何も変わらないという諦めがそうさせているのだろうと思います。また、立候補する側も、地縁や血縁頼みで、ひたすらお願いを繰り返す旧来の選挙運動から脱却できず、有権者とのズレがますます広がるがなりです。

しかし、地方分権改革が進み、地方のことは自らの考えと責任で行う時代になった今、これまでの地盤、看板、鞄で政治家を選ぶのではなく、地域の将来像が明らで、その実現のための数値目標、達成期限、財源、さらに工程表が示されたローカルマニフェストによって選ぶことが重要になっています。私も町長選挙において、初めてローカルマニフェストを策定し、制約がある中で配付いたしました。危機的な財政状況を考えれば、マニフェストには、バラ色の夢ばかりを書き込むわけにもいかず、地味なものにならざるをえませんでした。選挙戦では苦い薬も織りまぜながら、必ずやり遂げる政策を示して、町民に判断を仰いだことが、逆に信頼してもらえたのかなと思います。公職選挙法が改正され、今回の統一地方選挙から首長選のみではありますがローカルマニフェストが配られるようになりました。

 地方政治が住民に身近なものになるためには、ローカルマニフェストによる政策選択の選挙が定着することが重要です。これまでのしがらみや情実を断ち切り、各候補者の政策を見比べて、自分の意思で地域の将来を選ぶよう有権者自身も変わらなければならないと思います。是非とも、政策本位の選挙戦が展開されることを期待いたします。


■フットワーク43(2007年2月)

地元学の実践について

 先月、山元町で仙南四市九町の首長が集まった仙南サミットが開かれました。今回の話は会議の中身ではなく山元町の特産品の豊富さについてです。お茶請けに出されたのはリンゴ、イチゴの果物やアップルパイ、アップルジュース等の農産加工品で、夕食にはホッキ飯がでました。これらは全て商業ベースに乗った特産品で山元町のPRに一役かっています。地場産業の振興策の一つに特産品の開発がありますが、実際、試作品はできても、なかなか商品として市場に出荷するまでに至らないのが実情です。これまで、柴田町でも新たな特産品の開発が行われ、ぜいたく味噌やぜいたく味噌ラーメン、ゆず酒等は市場で評価を受けるまでになりましたが、圧倒的に品揃えが少ないのがとても残念です。

 町を活性化するには企業誘致による外発型の産業政策や地元の資源に着目した内発型の産業政策があります。しかし、東南アジアを競争相手とした中での企業誘致は、安い労働力や無償に近い土地の提供、さらに高額の奨励金がセットされないとなかなか難しいのが現実です。こうしたことから、外の力に頼るのではなく、自分たちの力で新たな産業を起こしていく内発型の産業政策に力を入れていく必要があるわけです。これからの取り組みとして、これまでに芽が出た特産品のなお一層のコスト削減、品質向上や販路拡大戦略を展開し、特産品のブランド化を図る一方で、さらに、自然環境、歴史、文化、農産物等地元の魅力を再発見し、それらに磨きをかけて、新たな産業起こしにつなげる「地元学」を展開してまいります。地元学とは地元の良さを自ら学び研究し、個性豊かなふるさとを皆の力で創っていこうとする地域創造運動のことです。まず手始めに、館山と白石川を春の花木で埋めつくす景観づくり運動を展開し、観光と特産品を有機的に結びつけ、地域経済の活性化に努めていきたいと思います。


■フットワーク42(2006年12月)

教育問題を考える

 とうとう一年の締めくくりの月になりました。振り返ればこれほど教育問題がクローズアップされた年もなかったのではないでしょうか。子供が親をあやめたり、いじめを苦にした自殺も相次ぎ、さらに、ここにきて、必修科目の未履修問題が大きな社会問題となっています。戦後の教育がおかしくなっているということで、今回、教育基本法が大きく改正されようとしています。しかし、法律を変えればこうした教育の危機が回避されるというものでもありません。子供たちの心をすさませているのは、われわれ大人が日本人としての生き方や目指すべき社会の姿を示せないことに原因があります。教育をどのように改革していくのか議論する前に、不信や不安がまん延している社会を子供たちが夢や希望を持てる社会に変えていく、大人としての責任を果たすことが先決です。健全な社会のなかで教育を受けてこそ、子供たちの持っている可能性を開花させることができるのです。知識を学び、体力をつけ、友情を育みながらどんな困難な中でも生きていけるように育てる環境づくりが本当の意味での教育改革ではないでしょうか。やる気と自立心を育てる教育をどのように進めていくのか、学校や教育委員会だけに任せるのではなく、われわれ大人が愛情と情熱を持って強くかかわっていくことが求められています。保護者や地域の方々の協力や支援があってこそ、学校の教育力がさらに高まっていくものと患います。

 柴田町では、東船岡小学校での保護者や地域の方に学校運営に参画してもらうコミュニティスクールの実践や槻木小学校での地域の方々との協働によるコラボスクールの取り組みを通じて、活力ある教育の実現に向かって努力しているところです。こうした地域に開かれた教育環境のなかで、子供たちにはいろいろなことを学び、体験し、たとえ失敗をしても自らの力で立ち直れるそんなたくましい人間に育ってほしいと思います。


■フットワーク41(2006年10月)

財政再建プランについて

 2000年に地方分権一括法が施行されたことによって、地方自治体を縛ってきた機関委任事務が廃止されました。国と地方は対等の関係になり、地域の課題は、地域自ら考え、自らの責任で、解決することが求められるようになりました。これからは、国に頼るのではなく、町や地方議会が自ら政策を考え、公共サービスを提供していく時代になったわけです。しかし、制度上、国の下請機関から自立型の自治体運営に変わったものの、寄って立つ財政基盤は相変わらず国頼みなのが現実です。特に、今回の三位一体の改革で、一方的に補助金や地方交付税が減らされた自治体においては、現在の行政サービスを維持することさえ困難な状況に陥っているのが実態です。それどころか、柴田町においては、多額の借金の返済に追われ、いますぐ抜本的な改革に手をつけなければ、3年後には赤字財政再建団体への転落が現実のものとなってしまいます。民間企業でいう倒産です。国は第二の夕張市を誕生させないために、財政が悪化した自治体に対して国の主導で財政再建を促す再生型の破綻法制の導入を検討しています。国の是正措置を受けてから、外科手術をするようでは、私たち執行部や議会の敗北であります。自己改革によって何としても夕張ショックの二の舞は避けなければなりません。

 今回、こうした事態を回避するために、従来の政策や事業を根本から見直した財政再建プランを策定しました。住民の皆さんに相当の痛みをお願いする内容になっているだけに、実施に当たっては、住民の皆さんの理解と協力がぜひとも必要です。今月から13カ所において、財政再建プランに関する住民懇談会を開催しますので、多くの住民の皆さんのご参加をお願いいたします。早急に、行政、議会、住民が危機感を共有し、自助努力によって財政破綻を回避し、未来に夢を持てる柴田町にしていきたいと思います。


■フットワーク40(2006年6月)

正しい情報の提供を

 町民情報リポーター2人を委嘱しました。町民情報リポーターの役割は役所の仕事の内容を分かりやすい言葉で町民に伝えてもらうことや町民の目線で地域の話題を取り上げ「広報しばた」に掲載してもらうことです。

 これまでの役所はとかく「由らしむべし、知らしむべからず」というように、役所だけに通用する専門的な言葉や法律用語を駆使して情報を独占してきたきらいがあります。しかし、住民参加が求められる時代においては、いかに住民の理解と合意を得たなかで行政を進めていくかが問われます。住民との合意形成を図りながら、まちづくりを進めていくためには、全ての情報が明らかにされ、住民に分かりやすい形で提供されなければなりません。自治体にとって、今や情報公開、パブリックコメント、住民への説明責任は住民参加を本物にするための三種の神器になっています。これらを活用して、説得型の行政から納得型の行政への転換を図っていかなければなりません。

 今まさにパソコンや携帯電話からのインターネット、テレビ、ラジオなどで必要な情報をいつでも、どこでも、誰でもが簡単に入手できる時代となりましたが、一方で情報の全てが正しいものなのか見極めることは、なお一層難しくなっています。いつの時代でも悪意に満ちた噂話やホンネの話がまことしやかに流され始めたら要注意です。急に言葉たくみな情報が流されるというのは、何かひとつの方向に世論を煽動しようとする意図が隠されているからです。情報を受ける側も正しい情報を判断できる力や感覚をぜひ養ってほしいと思います。私たち政治家もその責務として町民に対して常に正確な情報の提供を心掛けなければならないと思います。

 町民情報リポーターのお二人には行政側が気づかない政策課題や柴田町の魅力を分かりやすく伝えていただきたいと思います。

 


 ■フットワーク39(2006年4月)

男女共同社会の実現に向けて

 もうすぐ桜が咲きほころびます。今年もお客様を楽しませるために、恒例になったイベント「さくら回廊inしばた」が行われます。その中心的な役割を担うのが女性たちです。柴田町では少しずつ女性の視点からのまちづくりが進んできたと思います。

 町では平成10年に男女共同参画都市を宣言し、平成13年には「しばた男女共同参画プラン」を作成し、学校における男女混合名簿、小中学校の副読本の作成、女性模擬議会やリバース模擬議会を開く等、先進的な取り組みを行ってきました。特に「輝くしばた男女共同ネットワーク」の活動に刺激されて、産直活動、ボランティア、NPO活動等において女性の社会参加が拡大しています。しかし、依然として契約会、町内会、農業委員会、老人クラブの会長さんは男性となっているのも事実です。男女共同参画社会に関する世論調査(平成16年11月)では、社会全体における男女の地位について4人に3人が男性の方が優遇されていると答えています。いまだ家事、育児、介護は女性の役割で、職場では男女の賃金格差や管理職は男性という不平等があります。政治の世界でも女性議員が極端に少ないのが現状です。力はあるのに、女だからというだけでその能力を発挿できないでいる女性たちがたくさんいます。なぜ、こうした男女の差別が生まれるのか。それは小さいうちから、女は家庭を守り、男は外で働くという性別役割分担意識が刷り込まれているからだといわれています。この意識をベースに社会や企業のシステムがつくられて差別が固定化しているのです。

 私たちは改めて社会的文化的に形成された性別(ジェンダー)に敏感な視点を定着させ、家庭、職場、地域におけるさまざまな男性優位の仕組みやしきたりを見直し、この行き詰まった男性社会を打開していくことが求められています。女性パワーがまちの雰囲気を変え、まちを元気にする、そんな社会を築いていかなければと思います。


■フットワーク38(2006年3月)

財政危機の回避に向けて

 3月議会に平成18年度予算を提案しますが、約310億円もの借金が足かせとなり、大変厳しい内容になっています。これまで、町民の皆さまや議会に対しては「もうこれ以上、あれもこれも、行政がサービスを提供することはできない。あれかこれか選んでいかないと財政は苦しくなるばかり」と繰り返し述べてきました。少しでも早く健全な財政運営ができるよう行財政改革に努めてきましたが、いまだ、借金地獄から抜け出せないでいます。追い打ちをかけるように国の三位一体改革で一方的に地方交付税や補助金が大幅に削減され、特に平成18年度は固定資産税の評価替えによる税収の落ち込みもあり、例年以上に歳入が不足する事態となりました。一方歳出の方は、高齢者や障害者への介護サービスや健康づくりのための保健事業の充実、弱くなった家庭機能をバックアップするための子育て支援等多様な福祉ニーズに対応し、年々増やしています。昨年の町民アンケート調査で、柴田町が安心して暮らせる町として高い評価をいただいたことは大変うれしいことですが、一方で、ますます高まる福祉・医療・介護サービスへの対応で、財政が危機状況に陥っているのも事実です。そのため平成18年度の予算では、大型の公共事業の一時凍結、特別職等の報酬の10%カット、補助金の大幅なカット、さらに職員にも給料の3%カッ卜をお願いして、何とか社会保障関連の予算を確保しました。これからも現在の社会保障の水準を維持していくためには、役所が提供するサービスについてゼロから見直す財政構造の転換が是非とも必要です。ともあれ、ここに来て景気回復や企業の業績も上向きになるなど明るい兆しも見えていますので、皆さまと一緒に構造改革を進めていけば必ず財政再建に向けた道筋が見えてくると思っています。行政と住民との協働の仕組みを育てることで財政危機を乗り越えて行きたいと思います。皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

※上記内容のうち、削減案は一部変更となりました。(2006/3/22記)

《変更事項》
  • 町長、助役、収入役及び教育長の月額給与は20%カット(18年度)
  • 職員給の3%カット案は町議会で条例案修正により実施せず
  • その他、規則改定による削減措置:管理職手当50%カット(18年度)

■フットワーク37(2006年2月)

統計調査の意義

 柴田町の小中学校の生徒さんたちの統計作品が第53回統計グラフ全国コンクールで数多くの入賞を果たしました。各学校では、以前から統計に関する学習活動が盛んで、その実績には目を見張るものがありました。今回の入賞、誠におめでとうございます。

 さて、町民のみなさんは、政府が日本の国の実態を把握するために、いろいろな統計調査を実施していることはご存知だと思います。いちばん馴染みのあるのが5年に一度行われる国勢調査で、そのほかにも農業センサスや商業統計、消費者物価指数等数多くの調査が行われています。政策を進めていく上で、客観的な裏付けとなるデータの把握は大変重要です。

 しかし、調査結果が公表された際に、気をつけなければならないことがあります。一つは客観的なデータでも解釈によって全く逆の判断を生むことがあるということです。たとえば、今回の国勢調査によって柴田町の人口は平成12年の時よりも325人増え、仙南2市7町でトップに躍り出ました。悲観的な人は人口の伸び率の鈍化を見て「町の発展にブレーキがかかった」と判断するかもしれません。逆に、楽観的な人は「日本の人口が減る中で、柴田町は前回より増えたのだから、将来も明るい」といったように、データの見方は人の考え方によって左右されます。

 また、調査結果は一見現実の社会の姿を正しく写しだしているように見えますが、社会の隅々まで明らかにできるものではありません。データは調査時点での動きを示しているだけで、それが、現実の全体的な動きとは必ずしも一致しないのです。だから、常に社会の実態からかけ離れないよう、数字の背後にある意味を読み取る確かな目が必要になるわけです。

 子どもたちには今後とも積極的に統計グラフコンクールに挑戦していただき、地道なデータ集めを通じて社会の動きを探りだす学習を深化させて欲しいと願っています。 


■フットワーク36(2005年12月)

この一年を振り返って

 戦後60年目に当たる平成17年もまもなく終わりを告げようとしています。柴田町のこの一年は、3町合併の破綻、三位一体の厳しい改革、そして、官から民へ大きな流れによって、これまでの状況が大きく変わった年でした。まさに、従来型のまちづくりを根本から変えていく必要性に迫られた年でもありました。

 町では、こうした荒波を乗り切るために、積極的に町民の生活を起点にした自治体改革に取り組んだところです。たいへん苦しい思いもしましたが、おかげさまで、これまでの分厚い贅肉を削ぎ落とし、スリムで健康的な体にあと一歩というところまでこぎつけることができ、少しホッとしているところです。

 これもひとえに「子どもや孫の代まで借金は残さない」という強い信念のもとに、健全な行財政運営を心掛ける一方で、将来に向けた発展への布石として、さくら船岡大橋の完成、新栄通線の平成18年度完成、北船岡の再開発、富沢11号線の整備着手、さらに地域ケアホームふなおか、つきのきの同時開設等のプロジェクトを着実に推進してきた成果ではないかと思っています。

 今後さらに柴田町が仙南の拠点都市として発展していくためには、整備されたインフラを活かし、美しい街並や歴史性、文化の香りが高いコンパクトなまちづくりを進めることが大切です。どんな立派な道路をつくり、橋をかけ、大きな文化施設をつくっても、そこに安心できる福祉、医療、高度な教育といったサービスが充実していなければ町は発展しません。環境と文化に魅了されたまちをつくることが地域経済の活性化につながる新たなシナリオだと思います。

 これからも厳しい財政事情は続きますが、徹底した行財政改革を行い、町民のみなさまとともに新生柴田の未来を切り開いて行きたいと思っています。来年もまた、なお一層のご支援をお願い申し上げます。良いお年をお迎えください。 


■フットワーク35(2005年11月)

さくら船岡大橋の開通

 いよいよ待ちに待っていたさくら船岡大橋が開通します。実に11年の歳月をかけ、総事業費約63億5千万円を投入しての完成だけに感慨もひとしおです。県をはじめ多くの関係者のみなさんに心から感謝申し上げます。この道路の完成によって交通の流れが大きく変わり、さらに、新栄通線が平成18年度に開通しますと、大沼通線周辺が一番開発の可能性が高い地区になります。町ではこの周辺を生活文化スポーツゾーンとして位置づけ、将来、図書館等の文化施設や都市公園、市民活動支援センター等を整備したいと考えています。町の発展を館山の山頂から眺めて見ると、市街地の重心が東へ東へと移っていることが分かります。昭和44年当時、田んぼの中にポツンと立っていた船岡中学校も今では住宅地の中に埋もれてしまいました。おそらく阿武隈急行線沿線まで宅地開発が進むだろうと予測しています。このように市街地が拡大し、町が発展していくことは大変嬉しいことですが、一方で、経済の成熟化、人口の減少、高齢化の進展によって、都市が郊外へ郊外へと拡大する時代が終わりを告げようとしているのも事実です。開発、成長主義の限界が指摘される中で、今後の町をどのように発展させていくか、大いに議論をしていく必要があります。

 そうしたなかで21世紀の都市づくりのあり方としてコンパクトシティが注目を集めています。その狙いは自然と共生した活気と安らぎのある持続可能な都市づくりです。これまでの機能主義的な都市づくりから、さまざまな人と人との出会いや交流がもたらす賑わいのある都市づくりへ転換しようとする考え方です。これからは町民一人ひとりの文化・スポーツ活動やNPO、ボランティア活動によって生み出される「賑わい文化の創造」こそが町の発展の源泉になると思います。さくら船岡大橋が単に地域と地域を結ぶ道路としてではなく、町に賑わいをつくりだす架け橋となることを期待しています。 


■フットワーク34(2005年10月)

お疲れ様浅野知事

 浅野知事が突然辞意を表明され、たいへん驚いています。常に県民の立場に立った県政。公平、公正で透明な県政は、高く評価されていただけに、誠に残念でなりません。県庁職員時代知事とのかかわりで思い出に残るのは、やはり行政改革の推進です。担当した平成10年当寺、各県は独自の行政改革を推進しようと行政評価システムの導入、県民サービス向上委員会の設置、パブリックコメント制度の導入等に躍起になっていました。さらに、組織の見直しも行われ、農政部、水産林業部、商工労働部といった縦割りの産業関連部門を生産から流通、販売まで一貫した部として、一つに統合するというものでした。本県でも、そのことが改革の柱の一つになったっため、各方面から「農業や水産業の名前を無くすのか」「一次産業の切捨てにつながる」等さまざまな苦言が出されましたが、なんとしても行政改革の成果をだしたい思いもあって産業経済部をつくったところです。しかし、そのときの知事のことばが耳に残っています。「組織いじりをすると、それでいかにも行政改革をしたような気持ちになりがちだ。一番大事なことは、職員の意識を変えて、県民のための県庁になることだ」と。町も行財政改革の一環として、10月1日から新たな組織体制がスタートします。住民と協働したまちづくりをすすめるための「まちづくり推進課」や子育て支援を総合的に実施する「子ども家庭課」を新設しました。町民に開かれた親しみやすい役所に生まれ変われるよう、みんな張り切っています。知事の側で政治姿勢を学ばせていただいた私としては、知事が掲げた「お任せ民主主義から本物の民主主義へ」と自治体改革を加速させていくことが、その恩に報いることだと思っています。就任以来さまざまな政権の課題に大胆な発想で挑戦し続けてこられた浅野知事、本当にお疲れさまでした。最後に知事の任期満了1週間前の11月15日、さくら船岡大橋の完成を一緒にお祝いできそうなので、たいへん喜んでいます。 


■フットワーク33(2005年9月)

自ら健康づくりを

 天高く馬肥ゆる秋がやってきました。今年の夏は、あちらこちらの夏まつりでビール、枝豆、焼きとりなどをご馳走になったせいか、だいぶ体重を増やしてしまいました。肥満は生活習慣病の温床といわれており、さまざまな障害を引き起こすとされています。年とともに、歩かない、運動しない、筋肉を使わない生活に変わってきたせいもあって、初めてぎっくり腰を体験してしまいました。さらに目のかすみ、耳鳴り、手足のしびれ等の症状がでてきたので、恐る恐る人間ドックや脳画像の診断を受けましたが、数値上は異常がなくホッとしたところです。しかし、生活習慣病の一歩手前であることは間違いなさそうです。いま、日本の平均寿命は女性が85歳、男性が78歳で世界一の長寿国になっています。町にも100歳以上の方が現在四人います。このように長生きできるようになったことは、たいへんよいことなのですが、一方、健康寿命の平均は女性が75歳、男性が71歳ですから、晩年を健康を損ねて過ごさなければならない方も結構います。病気になれば本人はもとより、介護をする家族の方もたいへんです。少しでも健康寿命を延ばし、平均寿命に近づけていくことが、町の重要な政策課題になっています。これまで町では、町民の健康増進のために、健康診断の受診率の向上、生活習慣病にならないための食生活の指導、転ばぬ先の元気塾の開催等に力を入れてきました。

 来年度からは、各地区ごとに健康推進員を配置し、集会所単位で健康づくり活動を展開し、町全体に広げていきたいと考えています。もちろん、行政でやれることは限られており、やはり健康を保つには、一人ひとりが健康に関する正しい知識を持ち、自らの健康保持は、自ら取り組むことが基本です。食欲の秋、モリモリおいしいものを食べて、無理のない運動を心がけ、健康づくりに励んでいただければと思います。私も少しでもスリムな体に戻れるよう運動不足の解消に努めたいと思っています。 


■フットワーク32(2005年8月)

住民参加と地方議会

 本町出身の大沼迪義県議会議員が、第31代宮城県議会副議長に7月7日、就任されました。本町はもとより柴田郡でも初めての快挙であり、私としてもたいへん喜んでいるところです。

 さて、本町の議会においても、5人の新人議員が誕生し、議長が替わるなど、これまでの議会とは異なった新しい風が吹いてきたように思います。よく議会と執行部は車の両輪といわれますが、そこには、いい意味での競争と協調という緊張感がなければならないと思っています。議員と首長はそれぞれ直接住民から選ばれており、よって立つ基盤は同じです。お互い住民の声を十分聞いていれば、政策の選択や優先順位にズレが生じることはないはずです。しかし、政策を行う側とそれを監視する側とでは、おのずと視点が異なりますので、議会での議論がたいへん重要になるわけです。

 今、私たち執行部は、住民参加から住民との協働による「まちづくり」へとその軸足を移しています。審議会メンバーの公募制、苦情・要望に終始しがちな住民懇談会から、一緒に「まちづくり」を考える住民懇談会への脱皮、政策の立案段階から住民の意見を聞く「パブリックコメント制度」の導入、さらに住民自治基本条例の制定に向けた取り組み等の改革に努めています。

 一方、地方議会においても「住民に開かれた議会」をめざして、さまざまな改革が進められていますが、住民が直接議会に参加するという仕組みはまだ確立されておりません。先進的な議会は、住民との対話集会を通じて自ら課題を把握し、その解決に向けて住民とともに活動する議会へ生まれ変わろうとしています。

 地方分権が進み、地域のことは自ら考え、自ら決めることが求められる時代における地方議会の果たすべき役割は、これまで以上に重要になってくると思われます。今こそ、住民を巻き込んだアクティブな議会改革が進められるべきではないかと思います。大沼県議会副議長には県議会議長とともに協働時代における新たな地方議会のあり方を示してほしいと願っています。 


■フットワーク31(2005年7月)

行財政改革から自治体改革へ

 合併戦略から自立戦略へと大きく転換した町政について、みなさんからご意見を伺うために、6カ所で住民懇談会を開催しました。役場の組織再編、保育者や給食センターの民間委託、公民館や羽山荘の統廃合、子育て支援策についてをテーマに議論を重ねました。これまでの懇談会はともすれば役所への陳情や要望、役所への批判に終始することが多かったのですが、今回は建設的な意見、筋の通った慎重な意見、そしてユニークな代替案などが出され、たいへん有意義な懇談会になりました。私としても、大いに参考になりましたし、力強い声援もいただいたと思っています。町にも少しずつ民主的に議論を進めていく、素地ができつつあることを心強く思ったところです。全体の雰囲気は、町が進めようとしている改革の方向性はご理解いただけたのではないかと思っています。

 町の行財政改革にいては、これまでもムリ、ムダ、ムラを省くために、節約型の改革を進めてきました。職員定数の削減や各種手当、旅費の見直し、光熱水費や事務費、そして町長交際費の節減など、切り詰めるところは切り詰めてきました。その結果、1億4千万で引き継いだ町の貯金(財政調整基金)を5億1千万円まで増やすことができました(ただし、平成18年度の赤字補てんに3億5千万円を取崩すことが決まっています)。しかし、これ以上、従来型のケチケチ作戦を続けても、ある程度のところまでいけば、おのずと限界が見えてくるのは明らかです。地方自治体の改革には、経費を削減するといったリストラ型の改革も必要ですが、私にはそれ以上に自治体そのもののあり方や行動様式の変革が求められていると思います。行政の見直しばかりでなく、併せて議会の改革、住民の意識改革が伴わなければ、抜本的な改革にはならないと考えます。今後とも私の政治信念である「町民が主役となる新たな自治体モデルの構築」に向けて、断固やる!との決意を新たに行財政改革を進めていきます。 


■フットワーク30(2005年6月)

多機能型ケアホームの開設

 いよいよ多機能型地域ケアホームが、船岡地区と槻木地区に同時に開設されます。これまでのように、介護を必要とする高齢者のためだけの施設とは異なり、年齢や障害の程度にかかわりなく、高齢者も、また、地域の人たち等、だれもが利用できる施設です。デイサービス、ショートステイ等の在宅支援機能に居住機能を加え、小学校単位に設置されるこの施設は、地域福祉の新たな拠点として、大きな注目を集めそうです。この事業は浅野知事が提唱した緊急経済産業再生戦略プランにのっとり、町と地元の社会福祉法人が積極的に働きかけを行い、実施されることになったものです。二つの施設の開設で新たに約45人の雇用が確保されることになりました。雇用が増えるということは、地域に新たな人や物やお金の流れが出来ることであり、町の活性化につながります。

 「福祉はお金ばかりかかり、経済の足を引っ張る」とか「福祉にお金をかけるならもっと公共事業を増やせ」というのが従来の考え方でした。しかし、バブル崩壊後10年、いくら公共事業を投入しても、地域の経済は低迷したままです。国と地方合わせて約719兆円もの借金を抱えている今日において、もはや公共事業に頼ったままで、地域を元気にすることは出来ません。福祉や医療を充実させ、安心して住めるまちづくりを進めることで人が移り住む、そういう時代になったと思います。

これからの市町村の産業政策は、従来の工場や企業の誘致政策に加え、健康、福祉、医療サービス、いわゆる人に安心を与えるサービス産業の立地にも意を用いたものでなければならないと考えています。だれもが暮らしやすい社会づくりをめざすことが、地域経済の再生につながるという発想の転換が求められています。先駆的な事例として、全国的に発信される今回の多機能型ケアホームの開設は、お年寄りや障害を持つ人たちを元気づけるだけではなく、柴田町にも元気を与えてくれるものと期待しています。

 


■フットワーク29(2005年5月)

花と緑の豊かなまちづくり

 「若葉が街に急に萌えだした・・・」これは私たちの青春時代のアイドル天地真理さんのヒット曲です。蔵王の残雪も少なくなり、里山に若芽が萌えはじめる5月になると、つい口ずさんでしまいます。新緑が映える季節を迎えるたびに、改めて私たちの町は「彩り豊かで美しい町だ」との思いを強くします。私の夢は町全体を公園都市として、花と花木で埋めつくすことです。この思いを強くしたのは、アメリカのデラウェア州に行ったときの強烈な印象です。デラウェア州はワシントンDCに近く、人口71万人、アメリカでは2番目に小さい州で、宮城県とは1997年に姉妹県州を結んでいます。白とピンクのハナミズキの森の中に街があり、広々とした街路、しゃれた家並み、そして花で埋めつくされた公園の美しさが脳裏に焼きついています。美しい景観の中で、心豊かに暮らす市民の顔にはどこか誇らしげな表情を感じました。民間の自発的な緑化については、ソメイヨシノにこだわった柴田町さくらの会の活動が知られていますが、その影響からか花木の植栽や花いっぱい運動、さらに最近ではガーデニングが盛んになっています。少しづつではありますが、町民の間に美しい町に住みたいとの思いが広がっているようです。ただ残念なのは、緑を増やすと交通標識が見えにくくなるとか、日陰で日が当たらなくなるとか、虫や落ち葉に対する苦情等が寄せられることです。私としては、少し不都合なことがあっても、殺風景な町よりは人と自然が共生した「まちづくり」をみんなで心がけていければと思っています。

 花と緑を増やすことは、人の心を豊かにするばかりでなく、殺伐とした社会の再生にもつながります。町全体を考えた環境デザインに基づき、美しい景観づくり進めたなら、私たちの町はもっと快適な空間になると思います。家の塀や窓辺を四季の花で飾り、公園や学校に実のなる花木を植えて、訪れた人に感動を与えられるような町にしたいものです。